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ひとしずく 後書き 4

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今回も、振り返っていきます。

まずは、19作目のこちら→巡る環境から。

これは、主人公の結婚後に訪れた最初の困難? みたいなおはなしです。モラの人間によくあくありがち?な状況に主人公が巻き込まれる……という感じの内容です。
モラハラ加害者の人間って、やはり環境によってそうなっている場合が圧倒的に多いように思うのですが、このおはなしではそういった歪んだ親子間の連鎖を書いています。モラがモラに育つにも理由があると思うのですよ。それが当たり前の普通の日常であれば、当然のようにそこで育った者もその気質を受け継ぎますよね。そういった事を書いています。

そして、これはこのおはなしに限った事ではないのですが、ぶっちゃけて言ってしまうと 『被害者意識の芽生え』 と 『被害者意識からの脱却』 がこの小説全体におけるテーマでして、そういったテーマの匂わせ的な事も交えて書いています。ここでいう被害者意識とは、なにも主人公だけに限らず、全ての登場人物に対して平等に与えていたつもりです……が書ききれていないので伝わっていないかもしれません。

あ、残念ながら、被害者意識から脱却するのは、登場人物全員ではありません。というより、脱却しなかった人物の方が多いですね。全員を脱却させなかったのは、物語としてのメリハリが欲しかったのと、現実そんな夢物語ありえないだろうというリアルな観点からです。

話がそれましたが、この巡る環境というおはなしでは、主人公のちょっと打算的な部分も書いてあります。この主人公が純粋だけの人間ではない事が、このおはなしでわかるかと思います。なんだかんだ言っても、ある意味主人公の方が悪人かもなー、と書いていて思っていました。

そして→真夜中に走る自転車 1

これはシリーズものでして、全部で四部作となっています。主人公が結婚して7年後のおはなしです。この一話目では、モラハラ旦那と主人公の関係性について書いています。冷え切っていますが、家族として充分機能しているように見えます。それは、7年の結婚生活で主人公が大きな諦めを持ち、相手に負担がかからないよう、細心の注意を払った自己犠牲の上に成り立つ家庭ですが。

そしてお次は→息子の骨折です。

これは主人公の子供二人が幼稚園児の時のおはなしです。が、内容はいつものように夫婦間のモラハラになっています。なんて自分勝手なヤツなんだ……と呆れながら書いていました。主人公の旦那は、変化を嫌うというか、日常の変化に弱い部分がある設定なので、たとえそれが急を要する重大な変化であっても、組み込まれた予定ではない突発的な変化を受け入れられないのですよ。
でも親なんだから。しっかりしてくれ、と客観的に見ていて思う。主人公も最後、よかった、よかった、って言ってますが、全然根本的な解決に至っていないだろう、と思う。

そしてこちら→閉ざされた空間 2

これは13作目の閉ざされた空間 1の続きになっています。ボイラー室に連れて行かれる例の話の続きです。モラハラ……なのか、パワハラ……なのか、単に嫌がらせなのか笑。微妙~な内容です。
書いていてもスッキリしない内容なので、最後ベテランの看護師さんに登場してもらって、〆てもらいました。
でも……これ……当時はそこまで発想が至らなかったのですが、今になって思うと、まるで独身批判しているような? エリート差別をしているような? そんな風に取られても仕方がない書き方をしていますね。そんなつもりはなかったけれど、そう取られても言い逃れ出来ない書き方をしているなーと今になって思います。ま、別にいいですよ。どう取られても取る人の自由なので。
二部作のラストになっています……が、見知らぬ女医の叱咤から続いている話なので、実は三部作なのです。

次は→回る世界 2です。

これは17作目の回る世界 1の続きのおはなしです。主人公が二人目を出産した後、メニエール病になる内容となっています。そして、これもモラハラの内容です。結構、キツイ、わかりやすいモラハラかと思われます。
いや、しかし。主人公の旦那はもちろんの事、姑、実母に至るまで、誰からも暖かい言葉ひとつかけてもらえない主人公は本当に気の毒ですよ。せめて誰か一人でも主人公の味方を作ってあげたい気持ちになりましたね。作ったらおはなしにならないので作りませんでしたが。
ラストの主人公の旦那の台詞なんて、そんな事を言うのはこの口かーと言いながら捻ってやりたい衝動に駆られる。甘んじている主人公にも腹が立つ部分はあるけれど、やはり病気の状況でそれはなかろう、と思うのです。二部作の二話目でこれで完結しています。

お次は→捨てられた物

これも、モラハラに関する内容になっています。まだ主人公が結婚したばかりの新婚の頃のおはなしになっています。うーん。モラハラというより頓珍漢と言った方がよいのか。なんだこりゃ、って感じの内容ですね。いや、実際コレやられたら相当腹立つと思うけどね。途方に暮れている場合じゃなかろう、と思うのです。

そして→母の思い出 1

これは、全8話からなるシリーズものでして、主人公の母親について書いています。これはその一作目です。これは珍しくまだ主人公が母親と一緒に住んでいた頃の話になっています。特に記す事はないですね。主人公が二十歳くらい。主人公の母親が四十くらいの設定です。

次に→二人の外出

これは……完全なる? モラハラについて書いています。モラの人って、全員が全員そうとは限りませんが、果てしなく責任から逃れたがる性質のように思うのです。そういうのを表したくて書いた作品です。……いや、違うな。責任とはまた違い、たとえ自分で決断した事柄であったとしても、自分の気に入る結果にならなかったら、自分に生じた不機嫌を目についた他者に擦り付けてくる不可解さ……? とでも言おうか。うーん。後書きですら、うまく言えない。まぁ、読んでいただいたなら、この薄気味悪さ、理不尽さがわかってもらえるかもしれませんね。

この主人公の旦那、モラハラ加害者の設定なのですが、悪気は一切ない設定でもあるのですよ。まるでコナンの逆バージョンのような感じ? 見た目は大人! 中身は子供! 鈴木〇〇ですッ!! っていうイメージで書いています笑。見た目が子供なのに中身が大人だから可愛いのであって、逆バージョンなんて、ただ周りがひたすら迷惑なだけっていう。でも中身が子供だから、周りに迷惑に思われている事すらわかっていない、という笑。ある意味、滑稽で不憫でおめでたい役どころになっています。

そして→真夜中に走る自転車 2

これは20作目の真夜中に走る自転車 1の続きになっています。救急搬送された主人公の母親の話です。これもシリーズもので、全部で四部作になっています。救急隊員から呼び出された主人公が、慌てて用事を済ませ、子供達を旦那に預け、病院に駆け付けたその後の話です。特に記す事はなく。

一命をとりとめた母親に付き添いながらも、頭の中は置いてきた子供達の事でいっぱいで、目の前の倒れている母親に対しては案外薄情な主人公、といった感じの内容です。

では、また次回に。


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ひとしずく 後書き 3

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さて、今回も過去作振り返っていきます。

まずは、10作目→追いかける人

これは読んで頂けたらわかってもらえるかと思いますが、すごーーくわかりやすいモラの話です。モラハラの実態をよくご存じの人なら一瞬であぁ……そうそう、そうだね。とわかるような内容になっています。

しかし、逆に、モラハラに全く興味のない人や関わり合いのない人が読んだとしたなら、「ハァ!? こんなレベルでモラハラって言われるなら、もう何も喋れないし何も出来ないよ!」と腹立たしく思うかもしれません。そもそも、これのどこがモラなのか、それすらピンと来ないかもしれません。

まぁ、全てにおいてそうですが、読み手の捉え方次第ですね。

そして、お次は→紅茶とカーペットです。これも、またまたモラハラの内容です。

前回の「追いかける人」は結婚後のモラハラですが、これは主人公の結婚前……というか、式当日の内容ですね。

そう。この小説、時代をバラバラにして断片的に書いているので(特に意味はありません。粉々になったガラスの欠片っぽい雰囲気を出したかったのと、そうする方が書きやすかったっていうだけ)、前回より主人公は若返っていたりします。

これもわかりやすいモラですね。実際、こんなヤツがいたらヤダなぁ……と思う。あれもこれもそれも全部主人公のせい。お天気の事まで難癖をつけられてもね笑。馬鹿かお前は、と失笑してしまう。

いや、しかし、こんなアホな相手と悶々としながらも式を挙げてしまう、主人公が一番の馬鹿といえば馬鹿ですよ。一生に一度の事なのにねぇ。目を覚ませ、と言ってやりたい。

黒い河の向こう←これは、前回の続きになっています。主人公、自分が悪かった、自分が悪いのであって、相手が悪いのではない、と一人納得しています。式後、一人ぼっちで電車に乗って家に帰りながら(実際、そんな花嫁はいらっしゃらないでしょうが。これは小説なので)、延々と自分を責めている、という内容です。暗いです笑。モラハラ被害者によくある自責の念を書き表しているつもりです。

そしてお次は→閉ざされた空間 1です。これは、見知らぬ女医の叱咤の続きのおはなしになっています。なんか、主人公がボイラー室に連れて行かれ、取り囲まれています。なんで、ボイラー室なんだろう……笑。書いていて、ちょっと笑ってしまった。まぁおそらく空いている部屋がなかった、という設定です。

次は→訪れる人です。これは……読んでいただけたらわかるかも?ですが、やるせな~~い話です。内容的にモラハラは全く関係がないのですが、ある意味モラよりキツイかも。親子間のトラブルです。この時点では主人公は親ではなく娘としての立場です。主人公、妊娠中なのに毒親に悩まされる、という内容です。

そして→行き交うシャトル。これは、珍しく?主人公の父親のおはなしです。完全なるモラハラの内容です。が、ただの昭和の頑固おやじ?的な雰囲気に取られる方も多いでしょう。これも、モラと断定するには内容がまだまだ弱いように思います。ただ、不機嫌なだけでしょう、みたいに取られる可能性大、と思う。モラハラという題材に対して書き手である自分がまだまだ不勉強であるという点もあるし、文章能力がそもそもない、という点も大きな問題かも笑。

お次は→小児科にてです。これは、特に記す事はなく。なんてことない、主人公の日常の一コマです。

ただ、これは実際に自分が体験した事をほぼそのまま書いています。あ。主人公の息子の海斗のお鼻がピーピーと鳴るシーンがあるのですが、あれも実際に経験した事です笑。子供の鼻って、風邪をひくとたまに笛のような音がする時がありますよね。うちだけかな笑。辛そうで可哀想なんだけど、ちょっとあの音は笑ってしまう&ほんわか癒される。
今はもう大きいのでね。さすがにお鼻がピーピー鳴る事はないのですが。懐かしいですね。

回る世界 1←これは、主人公がメニエール病になった時の話です。これも、特に記す事はなく。ただ、これには続きがあって、次回でモラに繋がるようになっています。

そして→まだ早すぎる。これは、夫婦間のモラハラの内容となっています。単純でわかりやすいモラハラだと思います。主人公が一人目の子供を妊娠している時のおはなしです。おそらく、主人公の夫に悪気は全くないのでしょう……が、書いていて腹が立ちましたねー。毒親にも腹が立ちましたねー。毒親、モラ夫、とオールスターズ? 総出演の巻です。

では、今回はここまで。続きは次回に。


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ひとしずく 後書き 2

今回から、解説のようなものを書いていこうと思います。

まずは一作目→新しい生命の誕生の過程 これは特に記す事はなく。で、次の二作目→少しずつ進む狂気

一作目も二作目も、モラルハラスメントについて書いていますが、まださわりというか。パッと見、モラハラについて書いているとはわからないような。そんな感じになっています。

まぁ、モラハラとは関係なく、普通にあり得る話なんですよね。こういう事、あるよねー、みたいな。モラハラと断定してしまうにはちょっと内容が弱いというか。

これ、文章でサラッと書かれているとふ~ん、みたいな。別にたいした話じゃないような。

一回一回はしょーもない事柄なんですよ。でも、それが重なると、ね。

そして→笑う人。これは三作目。

こちらもモラハラについて書いています。最初はモラについて書いている内容が多かったですね。

これは自己愛性人格障害の人、または自己愛がとても強いタイプの人が共感性に欠ける点について書いてみました。全く書ききれていませんが、実はそういう事が言いたかったという笑。

そして四作目→甘い声

これはモラハラとは全く関係のない話ですね。あ、夫婦間のモラハラではない、という意味です。広い定義で言うならば、これもある種のモラなのかもしれませんね。

どちらかというと、機能不全家族についてのさわりの部分、みたいな感じです。

五作目→再婚 は特に記す事もなく。前回の続きになっています。

そして六作目→怒りの矛先 これは完全に夫婦間のモラハラについて書いています。ストレートな内容、表現でモラハラの実態がわかりやすいかと思います。

七作目は→弟の結婚と父の恋人

これは、主人公と主人公の父親との関係を書いたものです。この二人の関係性について、この小説ではあまり取り上げていませんので、そういう意味ではちょっと異色、かな。家族間のモラ、と断定するにはこれもやや内容が甘い感じです。こういうタイプの人、普通~~にいそうだもんね。本人、何の悪気もなく、ね。

そして八作目が→見知らぬ女医の叱咤です。

これはねー、書いていてハラハラしたね笑。仕方がないとはいえ、子供から目を離すなー! と思った。そもそも、その状態で電話に出るなー! とも思った。まぁそれはさておき、内容は特に記すほどの事はなく。ただ、やたら気の強い見も知らない若い女医に主人公がいきなり叱咤されるっていう、それだけの話。モラハラとは何の関係もない話。あ、後々モラハラに繋がるといえば繋がるかな。

この話、親子三人で自転車に乗っているシーンがあるのですが、これ、かなり実話笑。実際、私には娘と息子がいるのですが、彼らが幼かった頃の状況を思い浮かべて書いていました。後ろに乗る娘が大声でその日一日あった事を報告してくれて笑、前に乗る息子のちっちゃなヘルメットの隙間から、真っ白で柔らかそうなうなじが見えて……。そういうシーンを思い出しながら書いていましたね。

九作目は→宙に浮いた言葉

これは、主人公と偶然電車の中でばったり出会った主人公の母親との会話?の風景です。

なんだか、びっくりするくらい、主人公、粗末に扱われます笑。書いていて、毒親だなーって思っていました。そう。主人公は毒親の元で育ったっていう設定なんですよ。基本的に、この小説。毒親という言葉を一切使用しませんでしたが。それを言っちゃうとそれまで、のような気がして。そしてそれだけじゃない何かプラスα、が生まれるのを書きながら期待していた部分もありますね。

でも、まぁ、これも普通の親子にもよくあるよねーって感じです。

ではまた。次回に。



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ひとしずく 後書き 1

今回からは、「ひとしずく」の後書きを書いていこうと思います。

まず、なぜこのような小説を書こうと思ったのか。その動機を書こうかなと。

前回の追記にも触れましたが、このおはなしはモーパッサンの「女の一生」という小説の現代版、みたいな感じで書き始めました。

自分がそもそもいつこの小説を読んだのか思い出せないのですが、最初に読んだ頃っておそらくまだかなり若く、独身だったんじゃないかなと、なんとなく思うのです。

記憶を辿ると、最初の読後感が、「ヤバい男に引っ掛かったなー」だったから。

それから数年経って読み返してみると、これって…今でいう…モラハラじゃないの…?に感想が変わっていました。モラハラっていう言葉は一切使われていませんが。

で、これを今風に変換して全く新しいオリジナルの小説に出来ないかなーと考えて始めたわけです。

初めに小説ありき、だったわけです。

ただ、「女の一生」を読んで頂ければわかるかと思うのですが、主人公…お金持ちのお嬢様です。苦労知らず、世間知らずです。

何か困難な事があれば、親が助けてくれます。精神的な自立は皆無です。結局最後までそれが続くのです。親が亡くなれば、今度は乳兄弟の元お付きのメイドがやって来て、主人公を助けるわけですよ。で、ラストまで自分の人生を他人に預けたままなわけです。

その辺りがう~~ん……と引っ掛かっていまして。もうちょっと精神的自立?を「ひとしずく」の主人公にはさせた方がよいのか否か……。書き進めながらずっとその辺で悶々としていました。

やられっぱなし?で終わるのか、何かショックを与えて目を覚まさせるのか。

で、結果「目覚め」というカテゴリにて主人公には精神的自立をしてもらいました。

その点が、「女の一生」とは異なります。

書かずに終わる方が小説としては正解だったのかなーとも思うのですが。でも実際「目覚め」以前の話は書いていてスッキリしないというか……それを通り越してイライラしている事の方が多かったのです。主人公の周りの人間にももちろんイライラしていましたが、どちらかというと主人公本人に笑。

そして、この小説で書きたかったのは、そういう点だけではなく、もっとこう……追い詰められ感? 孤独感? を出したかったっていうのもあります。

実際小説などを読んでいると、よくありますよね。「そうして、私は父に電話をして代わりに◯◯してもらった」とか、「だから、僕は夢を叶えるために母に留学資金を出してもらってアメリカへ飛んだ」とか、そういう類い。それはそれで全然構わないのですが、私個人的にそういう文章を見ると、なんだかガッカリしてしまうのですよ。それまで楽しく読んでいたのに、急に冷めてしまう感じ。そこからもう、先を読みたい気分にはなかなかならないのですよ。全くワガママで自分勝手な感想なんですが。冷めてしまうものは冷めてしまうのだからどうしようもない。

なので、自分で書く分にはそういうのが一切出てこない小説がいいな、と思っていて。助け合い……本当に大切だと思いますよ。でもそういうのが全然ない小説があってもいいんじゃないかと思って。情け容赦なく、そういう部分は省かせて頂きました。まぁ正確にいうと、主人公は無駄に?色んな人を助けているのですが、やればやるだけ逆に誰からも助けてもらえないという笑。そういう哀しみなり憐れみなり可笑しみなりが漂う小説にしたかったのです。実際漂っていたかどうかはわかりませんが。

小説に解説など要らないと私は思っています。読み手それぞれの読後感を持ってもらえればそれでいいと思います。しかしながら、介護と育児の同時進行、モラルハラスメント、親子の歪んだ関係性などなど、取り扱ったテーマがいっぱい過ぎてギュウギュウになってしまっているので、何作か振り返ってこれはどういう意味で書いていたのか、というちょっとした解説的なものを次回からはやっていこうかなと思っています。

では、また次回に。



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vol.121 目覚め 10 (ひとしずく 最終話)

足の裏がなんだかペタペタするような、最初はそんな軽いぬかるみであった。たくさんあったであろう行く末の、たった一つを選び取り歩き出した道筋は、塔子が予想していた未来より、遥かに複雑で困難だった。棘のある植物が至る所に生い茂り、行く手を阻んだ。進めば進むほど、それらは塔子の皮膚を突き刺し、深く後が残るほど傷つけた。見た事もないような気味の悪い昆虫が、不意に頭上から落ちてくる事もあった。それらは塔子の身体中を、もぞもぞと這い回った。悲鳴をあげて振り払おうにも、それらは服の中にまで入り込み、怖がる塔子の様子を見ては、さも愉快そうに下卑た笑い声を立てた。茨を押し退け、どうにか人ひとり通れるほどの隙間を作るのに必死で全く気付いてはいなかったが、足元のスニーカーは既に泥にまみれ、その色彩を失っていた。歩く度にたった一歩が踏み出せないほど重く感じた頃には、泥は膝下まで溜まっていた。引き返そうにも引き返せない状態で、鮮やかな赤い血を流している腕をただ闇雲に振り回しながら、一歩ずつ前に進んだ。辺りには誰もいなかった。人のいる気配は時折感じるのだが、それらは塔子には関与せず、また塔子も助けを求める事はなかった。泥が腰元まで浸る頃、塔子は背中に背負ったリュックサックを捨てようと、手を肩にかけた。その時、それがリュックなどではなく、父や母や弟である事に初めて気が付いた。背負っていたのは荷物ではなく、それは生身の人間だったのだ。後はよろしく、と父が言った。頑張ってもらわないと困る、と母が言った。ただ黙って申し訳なさそうな表情をしながら、弟も乗っていた。捨てられない。生身の人間を捨てて、自分だけ助かる事は出来ない。泥の海の中、生い茂る茨を掻き分け、進んでいくしかなかった。やがて行く手を阻む植物が消えた頃、泥は塔子の顎先まで来ていた。進む事も戻る事も、もう何も出来ない状態だった。頭がひどく痛かったが、それは彼らが浸からないように背中から頭上へと位置を変えたからだった。ただ茫然と立ち尽くし、倒れないように必死に踏ん張るしかなかった。辺り一面泥の海で、見えるものは何もなかった。ぬかるみを侮った罰を今、自分は受けているのだ、と塔子は思った。足を動かす事すらもう不可能な中、引っ繰り返らないように仁王立ちになりながら、辛うじてまだ口が泥に浸かっていないために、上を向いて呼吸をする事は出来た。逆に、泥に埋もれながらただ呼吸をしているだけの存在だった。何度か舟が通りかかったが、塔子の存在に気付く事はなかった。塔子もあえて声をかける事はなかった。頭に三人も人を乗せ、泥に埋もれてただ息をしているだけの滑稽極まる姿を誰にも見られたくなかったのだ。ある時、塔子に気付いた人が、舟を漕いで近寄って来た。あぁ、助けだ! やっと自分はこの困難から解放されるのだ、と塔子は思った。しかし、彼は塔子のそのまぬけな格好を見るや否や、腹を抱えてヒーヒーと笑い出し、こともあろうに俺も乗ってみよう、と言って舟から塔子の頭目掛けて飛び移って来た。塔子は飛び移られた反動で倒れそうになりながらも、なんとか持ちこたえた。後は誰が来る事もなく、ただ塔子は頭に四人の人を乗せて、泥の大海原の中、歯を食いしばって突っ立っているだけだった。これが夢であると、夢であってほしいと強く心に思いながら。

まるで母の時と同じように、義父もまた寝たきりになり、介護が必要となった。それでも、塔子は我が身を悲観するどころか、むしろそうなってしまった状況を喜んで受け入れた。そもそも舅が病気でも元気でも、塔子にはどちらでも良かったのだし、言葉は悪いが舅のこれまでの行いを見ていれば、こうなってしまったのは自業自得じゃないか、と思うのだった。あんなに恥も外聞もなく、いい歳をした自分の娘と息子を褒め称え、猫可愛がりし、天まで昇るのかと見ているこちら側がおののくほど我が子達を一所懸命に持ち上げ続けた義父が、これから我が子達にどう扱われるのだろうかという、純粋なる好奇心があった。結果、舅が我が子二人に大切に扱われても、無下にされても、塔子はどちらでも全く構わなかった。ただ、介護期間が延びていく中で、その関係性が今後どう変化していくのか、純粋にそれが知りたかった。自分もその渦中にいながらも、まるで興味深い映画を観賞しているような気分だった。義理の姉の要求がエスカレートしていき、塔子に降りかかる用事が増えようと、塔子は何の苦痛も感じなかった。むしろ、義姉のそういった態度や振る舞い、人間性を面白く感じていた。彼女が塔子に擦り付ければ擦り付けるほど、塔子は身をよじって笑いたいほど楽しい気持ちになるのだった。義理姉の行い一つで、これまで義父が培ってきたものの意味や価値が顕になっていくようで、塔子はフフッと思わず笑みを零すのだった。

頼まれた事を、確実にこなす。力を出し惜しみする事なく、全力で対処していく。ただ日々コツコツと真面目に生きているだけで、まるで広がっていた扇が一つずつパタ、パタ、と閉じていくように、塔子の人生最大の復讐は果たされていった。誰に何の危害も与える事なく、誰と争う事もなく、誰をも直接傷つける事なく、それは塔子の手を一切煩わす事なく、自動的に果たされていった。塔子が言われた事を素直にやればやるほど、義姉の苛立ちは増していった。塔子が甲斐甲斐しく舅の世話を焼けば焼くほど、舅の機嫌は悪くなっていった。彼の身内の用事をすればするほど、彼の肩身は狭くなっていった。それでも、誰も塔子を責める事は出来なかった。誰よりも時間を割いて介護をしていたのは塔子だったからである。決して出過ぎず、ただ言われた事を人形のように機械的に片付けていく。それだけで、周りの者は皆一様にイライラし始めるのだった。彼らには、その苛立ちがどこから来るものなのか、わかっていなかった。わかりようもなかった。塔子が嫌がる素振りを一切せず、素直に何でも応じれば応じるほど、自動的に彼らは息苦しさを感じ、己の惨めさを痛感し、当たるべき者が何もない事に腹立たしさを感じるのだった。決して満たされない空虚さに、言い様のない不快感に襲われるのだった。キツイ言葉を投げ掛けても、この申請、全部やっておいてね、と丸投げしてみても、何をしてみたところで、塔子が辛い素振りを見せない事に、彼らは薄気味の悪さを感じていたのだった。義父の要求が増えれば増えるほど、塔子の手を煩わす事になるのだが、それさえ回り回って結果、義姉と彼を追い詰める形となった。あれもしてもらっている。これもしてもらっている。塔子に借りだけが増えていくような圧迫感を、二人に与える形になったのだ。しかし、責める事は出来ない。してもらっている以上、何も言える立場ではない。塔子が彼らの要求をきいてやるほど、彼らの苦悩は深くなるばかりだった。塔子が真面目にやればやるほど、それは自動的に彼らの首を絞める結果となったのだった。

彼の姿は一気に老け、眉間に皺がいつも刻まれた状態になった。彼の姉と電話で大喧嘩する事が多くなっていった。彼が姉と揉める機会が増える度、徐々に塔子に対しての態度が変わっていった。塔子に感謝するようになったのだ。あれほど自分の事しか考えられなかった彼が、塔子を労い、塔子を父親の嫌がらせや姉の無責任さから庇うようになったのだった。塔子はそれを喜ぶでもなく、ただ当たり前のように受け流していた。お手伝いさん代わりの自分がいなくなれば、彼が困るからだろう、と冷淡に彼の感謝を受け流すのだった。ある日、彼がポツリと呟いた。
「三人でも、こんなに大変なのに、たった一人で、全部していたんだな。子供達もまだ、小さな頃に」
塔子はフッと微笑んだ。そうだね、と静かに相槌をうった。
「俺、何もわかってなかったんだな」
そうだね、と塔子が言うと、彼が笑った。
「今まで、ごめん。ごめんなさい」
彼が頭を下げるのを、塔子は暫くの間無機質な目で見つめた。そして、重い口を開いた。
「……詫びなんて、二枚舌でどうとでも言える。たとえ、今が真剣で誠実だったとしても、それはおそらく酔っているだけ。そんな状況に置かれた自分に酔っているだけ」
塔子の言葉にカッと顔を赤らめ、彼はギロリと塔子を睨んだ。塔子は平淡な表情でじっと前方を見つめ続けた。
「……今さら、俺が何を言ったところで、全て嘘にしか聞こえないか」
彼は肩を落とし、悲劇の主人公よろしく、我が身の不運を大袈裟に嘆き始めた。それだけじゃないよ、と塔子は指を折った。
「嘘。言い訳。言い繕い。逃げ。隠れ。丸投げ。卑怯。それがあなたの代名詞。自分に酔って、感動のあまり感謝の言葉を口にしたところで、それが一体何になる?」
「黙って行動で示せ。そういう事?」
さぁ? と塔子は首を傾げた。母親ではないのだから、ああしろ、こうしてみたら? などと指示を出す必要も責任も塔子にはなかった。彼はふうっと長い溜め息をつき、頭を抱え込んだ。
「じゃ、どうすればいいの? どうしてほしいの? 俺と姉貴の二人で全部親父の面倒を看ろって事か? そうなのか?」
「それは私が判断すべき事じゃないから。あなたが決める事じゃない? 自己都合だけの判断じゃなくて、自分以外の誰かに思いやりを持って判断すればいいんじゃない? でもそれは、私からすれば、儚い夢みたいなもの。叶っても叶わなくても、どうだっていい、ただの願望のようなものだから。夢が全て実現するなんて、甘い考えは持ってないから」
「お前は……お前は……心底冷たい女なんだな」
「そうかもしれない」
「お前は……お前は……俺を憎んでいるんだな」
「そうだったかもしれない」
「お前は……もう……俺を好きじゃないんだな」
「それは、お互い様かもしれない」
塔子がクスっと笑うと、彼もつられてぎこちなく微笑んだ。果たして、自分は彼を好きだった事が過去に一度でもあったのだろうか? それさえ危うかった。彼とて同じだろう。共に月日を重ねれば、そこに情は生まれる。歪んだ関係性でさえ、毎日の繰り返しでそれが日常化していく。歪みすら、当たり前の日常の風景と化すのだ。
「やり直せるかな? 俺達……」
彼が不安そうな表情で、塔子に問いかけた。塔子は暫くの間、黙ってただ前方を見つめていた。何もない白い壁をじっと眺めていた。
「……わからない。二人がこれからどう変わっていくのかなんて、私にはわからない」
正直な言葉だった。義父の件が終われば別れてしまうのか。それともいつか彼を愛せるようになるのか。逃げる事が正解であるモラルハラスメントにこれからも立ち向かっていくのか。彼がモラルハラスメント加害者ではなくなる日が本当に来るのか。たとえ何かの間違いで彼が人も羨むほどの道徳心のある人間に変身したところで、実際自分は彼のこれまでをなかった事にし、許せるのか。延々と続く単調で根気のいる日常という名の未来で。わからない。塔子には本当にわからなかった。
「正論だな」
彼がポツリと呟いた。
「ただ、感謝している事だけは、信じてほしい。本当にそう思っているから」
塔子は黙ったまま、虚空を眺めていた。彼の、どんな愛ある言葉も、塔子の耳には届かなかった。否、聞こえてはいるのだが、心を打つ事は決してなかった。
「……そうだよな。誰の事も信じられないようにしたの、俺だもんな」
彼はそう言って、静かに部屋を出て行った。塔子は無表情に白い壁をひたすら凝視し続けた。……確かに、それも、一理ある。だけど、それだけじゃない。奴隷が嫌なら、逃げればいいだけの話だ。逃げなかったのは、自分の意志だ。私は、自分の意志で、十数年、ずっとここにいたのだ。歪みを知りながらも、見ない振りをして、ここにいたのだ。モラルハラスメントの被害者は、本人には何の問題もないのにただターゲットにされている、とどこかで観るか読むかした事がある。そうなのだろう。他の人の場合は、きっとそうなのだろう。それが正解なのだろう。でも、自分は? 自分は果たして何の問題もない、まっさらな人間だったのだろうか。悪魔にロックオンされるだけの要因が、自分にはきっとあったはずだ。誰でもよかったわけじゃない。彼は無数にいる人間の中から、わざわざ獲物になるべき対象を選んでいたはずなのだ。加害者にしかわからない、被害者に刻印されている目には見えない印を素早く察知していたはずなのだ。原因因子あってこその、モラルハラスメントだったのだ。誰の言葉も信じられなくなったのは、決して彼だけの責任ではない。そもそも最初から自分にはそういう傾向があったはずなのだ。彼はそれを確固たる地位に後から参入して築いたに過ぎない。穴が空くほど壁の一点を見つめながら、塔子はそういった事をなんとなく感じていた。

義父が回復し、家に戻る事になった。義母が亡くなり、一人暮らしの身となった義父の今後をどうするか、彼と義姉は頭を悩ませていた。軽度ではあるが認知症を発症している事から、一人暮らしは不味いのではないかと、二人は考えていたのだ。私はもう嫁いだ身だから面倒を看る責任はない、と義姉は言った。でも、姉貴が再婚した時には相手側の舅も姑ももう既に他界していなかったじゃないか。それに姉貴には子供もいないんだから、親父を引き取っても何の不都合もないだろう、と彼は言った。義姉も彼も一歩も譲らず、お互いの主張を曲げなかった。繰り広げられる喜劇を、塔子は相変わらず他人事のようにただ面白く眺めるだけだった。どちらが勝っても負けても、どうでもよかった。たとえ塔子に火の粉が飛びかかろうと、それさえどうでもよかった。たった一人で何もかもをするのは大変だったが、人数が増えれば逆に揉める事も増えるのだなぁ、と塔子は興味深くその様子を観察するのだった。苦労が分散されるのではなく、100か0の戦争になる場合もあるのだ。自分は一人だったからわからなかったが、むしろ介護人の人数が増えれば増えるほど、何故自分だけが被らなければならない……と理不尽に感じてしまうのは仕方のない事なのかもしれない。全てを背負うか、今まで通りの気楽な人生か、と問われれば、それは誰だってわざわざ重い荷物を背負うのは嫌だろう。選択権すらなければ、それは自分の荷物だから他人様に背負わせるわけにはいかないと、当然のようにそれを肩に担ぐだろうに。自由か、雁字搦めか。選択権があればこその苦悩なのだろう。
話し合いは長く続いた。二人が声を荒げる場面もあった。塔子は二人の決断を、ただ黙って見守っていた。二人は時折塔子の意見を求める事もあったが、塔子は従います、とだけ口にして、自分の考えは何も言わないでいた。たとえ、塔子に全てが丸投げされようと、塔子は悔しいとも辛いとも思わなかったので、本当に何も発言する必要などなかったのだ。ただひたすら、彼らがどう決断するのか、それだけに興味があった。彼らは、自分の肉親を、今後どうするつもりなのか。決断は自己保身によって執行されるのか、それとも自己犠牲によって執行されるのか。保身の立場になった者は、犠牲の立場になった者に責められるのか。犠牲の立場になった者は、愛情によってその責任を果たそうとするのか。それとも愛などそもそも感じていないのか。そういった事柄だけが、塔子の関心を強く引くのだった。

数日後、義父は彼に連れられて、塔子の家へとやって来た。元居た家はそのままにしておき、追々売却するか義姉夫婦がそこに移るか考える事になった。軽い認知症とはいえ、退院後、体調はすっかり良くなった舅は、元気な70代の老人にしか見えなかった。朝はウォーキングに行き、お気に入りの喫茶店でモーニングを食べてから帰る。昼は塔子の作った食事を食べ、夜は皆で食事をした後、テレビなどを一緒に観賞し、早々に部屋に引き取って眠りにつく。義父は規則正しい生活を送った。風呂もトイレもまだ介助を必要としない。毎日汚れた服をちゃんと洗濯機に入れており、塔子がそれを洗って干す。舅は威圧的でもなければ遠慮がちでもなく、ごく自然に塔子の生活の一部に組み込まれた。夜の食事の時など、義父は決まって彼の幼かった頃の話を始めた。そして、我が孫達の素晴らしさについて滔々と語った。ご自慢の孫達を生み、育てた張本人は塔子であるから、舅が得意気に話せば話すほど可笑しさが込み上げた。塔子ちゃんは知らないと思うけどねぇ! から始まる義父の頓珍漢な孫自慢に、塔子は懐かしさを感じながら静かに微笑み、相槌を打った。そういえば、この人は、いつも、こんな風だった。塔子と目が合えば、彼や義姉や塔子の子供達の自慢話を、延々と繰り返さずにはいられない性分なのだ。とにかく、他人の塔子に、我が子や我が孫の自慢がしたくてしたくて堪らなくなってしまうのだ。昔は舅のそんなところが嫌で仕方がなかったが、毎日の事となると塔子も完全に慣れてしまった。塔子が海斗の宿題を見ていると、塔子ちゃんは知らないと思うけどねぇ! 廊下ですれ違えば、塔子ちゃんは知らないと思うけどねぇ! ……まるで発言前には必ず唱えなければならない呪文のように、それは日々繰り返された。ハイハイ、そうですね。ハイハイ、そうなんですか。食事の手を休める事なく、風呂掃除の手を休める事なく、沙耶の制服にアイロンを当てる手を休める事なく、塔子は適当に聞き流していた。腹立たしさもある一点を通り過ぎると、妙に可笑しさだけが込み上げてくるのだった。どうしよう、いつか本人の目の前で吹き出してしまったら。また真っ赤な顔をして鬼のように怒り狂うのだろうか。それはそれで、面白い見物かも。塔子はそれを想像して、また一人内緒でプッと笑うのだった。

今はまだ元気で暮らしているが、これから義父がどうなるか、まだわからない。案外あっけなく義母の時のように介護を必要とせずコロリといくかもしれないし、母の時のように何年も何年も寝たきりになって生きるのかもしれない。もし義父や義姉や彼がホームや病院を拒めば、塔子の負担はこれまで以上に大きくなるだろう。トイレ。お風呂。一人では出来なくなる日も来るだろう。失敗して粗相する日も来るかもしれない。あの強烈な匂いとの戦いが再び始まるかもしれない。身体は元気で認知症だけが進み、夜中に徘徊する心配も出てくるかもしれない。そうすれば、また乳飲み子がいたあの日々のように、眠れない夜が延々と続く事になるだろう。母の時と同じように、全く感謝されないどころか、悪態ばかりつかれ、罵られる日々がまたやって来るかもしれない。未来がどうなっているのかなんて、誰にもわかりはしない。
それでも、塔子はそこに不安や恐れを感じる事はなかった。渦中では永遠に続くように感じる苦悩も、永遠など決してない事がわかっていたからだ。いつか、それはある日を境に、まるで嘘のように終わってしまう。冗談みたいに、ある日を境に一変してしまう。誰もそれから逃れる事は出来ない。死は必然で、何も特別な事ではない。たとえこの世が矛盾だらけで、理解不能な苦しみや苛立ちに溢れていたとしても、死だけは確実であり、唯一平等とも言える存在だからだ。

モラルハラスメント加害者がまた一人家に増えた事で塔子の生活は一変したが、変化したのは生活だけで、目覚めたあの日から始まった塔子の精神は何も変わる事はなかった。誰が騒ごうと、誰が陥れようとしようと、誰が傷付けようとしようと、塔子の精神は微動だにしなかった。それはシンと静まり返り、青い炎が尽きることなく燃え盛り、不動として存在し続けた。それは善悪の判断はしてもジャッジする必要性はなく、全てを受け入れながらも、汚される心配のない聖域だった。被害者でもなければ加害者でもなかった。楽しさも苦しさも悲しさもありながら、ただそこにあり、青い炎を静かに揺らめかせていた。それが消滅してしまう事は決してなかった。

舅の未来はさておき、塔子は自分がまだ何かを忘れているような、まるで重大な何かを見落としているような、一番本腰を入れて向き合わなければならない何かに未だ気付いてはいないような、そんな漠然とした不可解な気持ちが自分の奥底にあるような気がしていた。それは日常の中でふとした時に顔をもたげるのだが、次の瞬間には雑多な事柄の中に埋もれていく。どの道を進んでもいつも赤信号だったのが、いつしかどの道を選んでも必ず青に変わるようになった日々の中で、それは不意に黄色を帯び、心の奥底で点滅を続けた。塔子はそれを訝しく思いながらも、その正体を見極める事が出来ずにいた。それは真剣に見据えようとすると、スルリとかわしたり、小動物のようにサッと草むらに身を隠したりした。これは、一体、何なのだろう。塔子は怪訝に思いながらも、それを深く追求する事なく、こなさなければならない細々とした用事に没頭するのだった。
ある日、塔子の携帯が鳴った。中学二年の娘の担任からだった。
「沙耶さんのお母さん。今すぐ学校へ来て下さい」
「えっ? 沙耶に何かありましたか?」
「沙耶さんが休み時間に友達と口論になったようでして。相手の子は大泣きしているし、沙耶さんはもういい! もういい! と叫びながら教室から飛び出して行って、今理科室に一人閉じこもって中から鍵をかけてしまったようなんです。誰も入れない状態なんです」
「……えっ……?」
「ガシャーン、ガシャーン、と音がするので、備品か窓か、何かを壊しているみたいです。かなり興奮しているようだから、何をするかわかりません。急いで下さい!」
「わかりました。今すぐ向かいます」
塔子は電話を切り、義父に出掛ける旨を話し、鞄に携帯を放り込んで、バイクに飛び乗った。これだ。これだったんだ。風を切りながら進むスピードの中で、塔子は心の引っ掛かりの正体をようやく知った。前方に見える黄色の信号を見据えながら、自分が見落としてきた、全く顧みる事のなかった何かを痛感した。自分は母の世話ばかりにかまけ、それが過ぎると今度は自分ばかりにかまけ、その後は義父の世話にかまけていた。そうやって暮らしている中で、気付けばいつの間にか沙耶は中学生になっていた。毎日、沙耶のご飯を作った。毎日、沙耶の洗濯をしてアイロンをかけた。毎週、沙耶の塾の送り迎えをした。週末は沙耶のクラブの大会のためにお弁当を作り、応援をした。幼い頃は夜泣きがひどく、何時間も寝ずに抱っこしていた。一生懸命に乳を飲むその様子を愛おしく眺めていた。歩き始めた頃に買った、初めての小さな小さな赤い靴は、今も大切に取ってある。あの子は公園が大好きで、喋り始める頃になると、コウエン、コウエン、ばかり口にした。いつも手を繋いで公園に行くのだが、帰りは疲れて抱っこをせがみ、海斗の入った大きなお腹で抱っこしていると、スヤスヤ気持ちよさそうに眠っていた。育てたのだ。親の助けもなく、彼の助けもなく、たった一人で育てたのだ。何が間違っていたのだろう。どこで間違えたのだろう。

信号が青に変わった。そこに愛情があったか。風がヘルメットの耳元でヒュウヒュウと泣いている。あったが、いつしかなくなっていたのか。左折のウインカーを出す。いつも後回しにしてきたのか。速度を落とし、身体を左に傾ける。体裁だけの、一方的な愛情だったのか。小高い丘の上に、白い校舎が見える。今わかる事は、自分がもう娘としての立場ではなく、親としての立場で人間関係を見直さなければならない時が来た事、それだけだ。それは長い戦いになるかもしれない。母と娘の愛故の戦争が、今度は立場が逆転して再び幕を開けるのだ。
泥に浸かっていたのは、親だったか。子供だったのか。それとも、両方それぞれが声に出さず密かに浸かっていたのかもしれない。泥に埋もれた母を、私は結局救い出す事が出来たのだろうか。泥に埋もれた我が子を、私は探し出して救う事が出来るのだろうか。いつの間にか、自分より遥かに背が高くなった我が子を。前方に、校門が聳え立つ。塔子はその扉の向こう側へ走った。


《 ひとしずく  完 》



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vol.120 目覚め 9

彼の顔色を窺いながら生きる事を止めた。彼の気に入るように振舞うのを止めた。それは彼にだけではとどまらず、友達に対しても、取引先の人に対しても、義理の両親に対しても、ご近所の老人達に対しても、子供に対しても、子供の担任に対しても、子供の友達の親に対しても、ありとあらゆる種類の関わり合いのある人達に対して、一切止めた。一度止めてしまうと、何故今までそんな息苦しい生き方をわざわざ選び取ってきたのかと、塔子は半ば自分自身に呆れるのだった。そう生きてきたにはそれなりの理由や原因があるのだが、今となっては原因論さえ無用の長物だった。与えられた環境や、持って生まれた性質。理由ははっきりとわかっている。そうしなければ暮らせない状況であるという思い込み。同じ環境で同じ原因因子を持つ者が全員同じ病を発症しないのと同じように、その殆どは本人の思想の癖によって自ら作り出した現実に自ら納まっているだけだ。それで幸せならばいい。幸せを感じないのであれば、変えていくしかない。人ではなく、自分を。日々幸せではない状況の自分を作っているものは、他人様でもなければ親でもなく、政治でもなければ環境でもなく、それが最善であると思っている自分自身なのだから。その道しか残されていないと仕方なく思っている自分自身なのだから。

右だったか、左だったか。大きく傾いていた振り子が、逆の方向へと動き出した。振り幅の大きい振り子だった。片側に強い力で押さえつけられ固定されていたものが、不意に外れ真逆へと進みだした。その反動は大きかった。慈悲も情けもなかった。まるで幼い子供が周りを確認せず車道に飛び出していくような、無防備さ故の疾走感があった。真ん中に落ち着き、静まるには、一度違う方向に振り切る必要があった。後は勝手に均等に揺られ、自然の摂理でいつかはピッタリ中央に止まるのだろう。

彼にはたくさん言いたい事があった。私はあなたのお母さんでもなければ奴隷でもない。人は縦で生きている限り、上にいようが下にいようが絶対に幸福感を味わう事はない。責任は自分で取るものであって人に擦り付けるものではない。適度な反省は次に生かされる。自分を守るためだけに相手の粗を探し、他人の目を意識した被害者という役割を躍起になって演じる必要性などどこにもない。たくさんたくさん言いたい事はあったが、塔子は何も言わなかった。ただ、熱に浮かされたように、自分の事だけを考え続けた。最優先事項は母でもなければ彼でもなく、子供達でもなければ舅達でもなかった。塔子は生まれて初めて、まるで幼児のように自分自身の事だけを考えていた。好きでもなければ愛してもいない、自分自身の事だけを大切にし続けた。誰もが当たり前に育んでいる自己愛を、三十も過ぎたこの歳になって、ようやく一から育て直すのだった。それは実際、不思議な感覚であった。ともすれば、ただ傲慢、我儘にさえ思えた。それでも、蓄積された満たされなかった不完全燃焼な思いは、少しずつだが厄払いのように小さくなっていった。自分の幼稚とも取れる振る舞いを、誰が認めてくれなくても、自分だけが認めた。塔子だけは塔子の味方であり続けた。何かを出来ない自分がいても、何かのせいにしたりせずそのままの自分を受け入れた。本当は何だって出来る自分がいる事も、ちゃんと知っていた。この歳で周りでは誰一人いない、仕事介護育児をアクロバットのようにたった一人で乗り切った。この歳で喪主までした。それは誰が認めてくれなくても、自分の原動力となり自信に繋がった。微かに、ちょっとずつだが、塔子は自分を愛する気持ちが芽生え始めた。絶対不可欠となる、土台をやっと作り始めたのだった。

二人の歪んだ関係性を修復なり粉々に壊してしまうなりするのは、その次の段階であった。自分すら愛せない者が、人を愛せるわけがないからだ。その対象物が彼であっても、また別の何かであっても、そこに差異はない。自分を愛せなかった塔子は、当然のように他の何者も本当は愛してなどいなかった。錯覚は、いくらでもあった。それはしきたりや風習のような自分の意志とは関係のない流れ作業のような愛であった。まさしく、錯覚であった。自己愛の芽生えが第一ステップとするならば、人との関わり合いは第二段階であった。最初のステージをかなり苦戦して突破した塔子は、やっとの思いで次のステージの幕を開けた。ただし、今度は個人戦ではない。今までよりもっと複雑になるのだ。そこには自分の感情だけではなく、相手の感情や立場も絡んでくるからだ。

モラルハラスメントを行う者は戦わなくてもよい相手だ。まともにやり合う方が馬鹿をみる。命を落とす事もある。早急に逃げ出すのが正しい生き方だ。
それでも、塔子はその場所にいた。留まり続けた。自分を変えたところで、彼の性根は一向に変わらなかった。まるで昆虫を観察するように、塔子は見ない振りをしながら横目で彼を観察していたが、彼には何の変化もなかった。それは当たり前の話で、変化を望んでいる者が変化をするのであって、彼は全く変化など望んでおらず、そのままの自分でよいと思っているのだから、変わる事など永遠にないのだ。自らが望まない限り、変化は絶対に訪れないものだ。彼の自己愛は塔子とは逆に度が過ぎるほど過多であったが、本人がそれを自覚しない限り、それは一生その人から離れるものではないからだ。ただ彼が怒ろうが泣き落とそうが、塔子には何も響かなくなっていた。彼の一人芝居に付き合う気は毛頭なかった。

時限爆弾のスイッチは、いつも彼の手中にあった。塔子はそれをただただ恐れていたのだが、それすら怖くはなくなっていた。度々彼が口にする別れの言葉も、塔子の成長と共に恐れる気持ちが失せていった。彼が羽ばたきたいのなら、それすら受け入れようと思えるようになった。目に見えてわかる、これからの苦労も孤独も、やっと乗り越えられる自信がついたのだ。自分に出来ない事は何もないと思えるようになったのだった。結局のところ、既に塔子も彼も互いを全く愛してなどいないのだから、別れの寂しさに対して悩まなくて済むのが不幸中の幸いであった。塔子が離婚に二の足を踏んでいたのは、ただ単に生活環境の変化に対する恐れと、金銭面の問題とプライドだけであった。身が一つならサッと別れられるが、子供達を連れて当てもなくどこか違う場所に旅立たねばならない状況がひどく苦痛だったのだ。行く場所もない。貯金も大した額がない。持ち物といえば、二人の子供だけだ。それでも、塔子は覚悟がついた。本当に愛し合って一緒に生活している夫婦がこの世界にどのくらいの割合でいるのかわからないが、実際のところは馴れ合いやなし崩し的に一生を添い遂げる者の方が多いのではないか。それでも、塔子は荒野に旅立つ覚悟がついた。何度も襲って来るであろう孤独には、打ち勝っていくしか他あるまい。プライドなど、絵空事や綺麗事のようにそもそも最初から必要ない。第二ステップである他者との関わり合いは、彼を手放す事によって大きく前進するだろう。本当の意味での自立心が養われるまで、長い年月を要した。娘の沙耶は中学生に、息子の海斗は小学校の高学年になっていた。彼がいつ逃げ出しても構わぬように、塔子はそっと鳥籠の蓋を開けた。

離婚届に記入をし、判を付いた。後は、彼が書き込めばいいだけにしておく。それを箪笥の一番上の引き出しにしまうと、塔子は眠りについた。自分の決断が貰らしたいたずらなのか、塔子はその夜、夢を見た。離婚をしたい、と彼が塔子に言う夢だった。俺はもうお前の顔など見たくもない。俺はお前の事などもう好きでもなんでもない。俺の目の前から消えてくれ、と彼は言った。いいよ、と塔子は笑顔で応えた。私ももうあなたの顔など見たくもない。あなたの事など好きじゃない。ちょうど出て行くつもりだったの、ととびきりの微笑みを浮かべた。そう言いながら、何故か涙が溢れた。涙がひとしずく、ひとしずく、両の頬を伝った。何故だか、ある日を境にいなくなった父の顔が浮かんだ。死んで消えてしまった母の顔が浮かんだ。最後の砦であった彼とも、こうして今、別れようとしている。彼も自分を置いて、旅立とうとしている。いいよ、と塔子は泣きながらも笑顔で彼に手を振った。最後はちゃんと笑顔で終わりにしたかったのだが、涙は自動的に後から後から流れ出るのだった。これがきっと、二人にとって最善の道だから、いいんだよ。これでいいんだよ。今までありがとう、ありがとう。塔子は精一杯笑いながら、去っていく彼に手を振り続けた。目覚めると、実際に頬は涙で濡れていた。手のひらでそれを拭いながら、現実としか思えないリアルな夢に、まだ胸がキリキリと痛むのだった。出来たじゃないか。生々しいほど現実的だったが、それは所詮夢だ。でも、そこではちゃんと別れる事が出来たじゃないか。出来るのだ。おそらく、実際の別れでも、自分はやれるだろう。それでも、この殺伐とした心の重さは何だろう。このパサパサとした虚無感は一体、何なのだろう。これは、一時的なものなのか、それともこれから一生背負っていかなけばならないものなのか。何故、自分は夢の中で泣いていたのだろう。何故、あんなにも涙が後から後から零れ出たのだろう。愛してもいないのに。愛されてもいないのに。孤独に打ち勝つと心に決めたのに。親もいない、親族もいない、本当の意味での無援の子育てを心に誓ったのに。私にはまだ、未練があるというのか。一体、何に? 彼に? この生活に? 家族という名の外枠に? 家族という概念そのものに? その全てに? 清々しいほどの別れを味わいながら、塔子は自分を励まし続けた。大丈夫。出来る。自分はやれる。もう、しがみつくものを探さなくてもいい。契約や常識の上に成り立つ薄っぺらい感情すら乗り越えられる。しょっぱい涙の味を噛みしめながら、塔子は一人肩を震わせ続けた。

彼の旅立ちを認めてしまうと、心のどこかで余裕が生まれた。時限爆弾のスイッチは、いつの間にか彼の手から塔子の手中へとすり替わってしまったようであった。覚悟がつくと、余裕と自信が生まれる。それは塔子自身気付かない些細な言動で、彼にも伝わっていたのかもしれない。彼の態度に少しずつだが変化が現れた。自分が世界の中心だと思い込んでいるかのように傍若無人に振舞っていた彼の言葉や行動が軟化し始めた。塔子はそれを認めるでもなく、励ますでもなく、ただ状況が変化していくのを静かに眺めるだけだった。頑なに変化を拒んだ彼の振り子も動き出したのだ。その変化がたとえ塔子の望み通りにはならなくても、それは全く関係のない話だった。彼は自分で考え、自分の最善の道を模索しているのだから、塔子が口を挟む事ではないからだ。結果がどう転んでも、それは彼が自分で決めた事で、塔子はそれを受け入れる覚悟がついていた。彼は殻を自ら破ろうとし始めたのだ。それが失敗に終わっても、成功しても、塔子はどちらでも構わなかった。彼の変化が自分にどう影響を与えるのか、自分の将来がどう変わるのかなど、悩んだり恐れたり期待したりする必要性を感じなかった。今までだって、散々振り回されてきたのだ。これから彼がどう変化しようが、自由を求めて逃げ出そうが、塔子個人にはなんら関係のない事柄なのだ。家族としての機能など、当の昔に破綻しているのだから、今更影響を心配する気すら起こらなかった。

人に気を使ってもらわねば生きられない、昭和臭漂う古臭い思想を持つ幼児性の強い彼が、徐々に変わっていった。まず、離婚、離婚、と大騒ぎする事がなくなった。免罪符を振り回すようにいつも自己保身をしては言い訳ばかりを繰り返していたが、それも減っていった。塔子を責める理由をいつも無意識に探し続けていたが、それもピタリと止んだ。誰か他所の人の悪口を言っては、自己陶酔する醜い癖も治まってきた。威圧的な態度も影を潜めた。まるで自分が被害者であるかのような物言いをかなりの頻度でしていたが、それすら登場する機会が少しずつ減っていった。思いがけず、事態は良い方向へと進んでいた。だが、彼の改心がいつまで持つのか、それは誰にもわからないものだ。もしかすると、彼は一生改心したまま生を全うするのかもしれない。明日になれば何もかもが嫌になり、いつもの彼に戻っているかもしれない。彼が心底変わりたいと思って変えているのならいざ知らず、もし仮に無理をしているのなら、それは偽りでそう長く続くものではないからだ。塔子は感動を覚える事なく、彼のそういった変化を傍観していた。ともすると、彼は恐れに支配されてこうしているのではないか、と思う事すらあった。塔子と彼の立ち位置が完全に入れ替わってしまっただけで、実際にこの家からモラルハラスメントはなくなっていないのではないか、と疑う事すらあった。ただ、単純に役割が交代されただけなのなら、今こうして生活しているそのものが茶番劇であり、根本は何一つ変化を遂げてはいないのではないか。そういった漠然とした疑問も浮かんだ。答えはすぐに出るものではなかった。

物凄いスピードで逆方向へと進みだした二つの振り子が、一瞬、重なる瞬間があった。すれ違いざまに、一瞬だけだ。目が合ったかどうかもわからない。それはただの風だったのかもしれない。すれ違ったと思ったその瞬間には既に、振り子は互いの行く道を猛スピードで真逆に駆け抜けていったからだ。後は思い切り振りきるだけだ。ウィリー気味のバイクのように、高く高く振り切るだけだ。空が引っ繰り返るくらい仰け反り、時が止まったかのような静寂な時間を過ぎると、今度は急激に後ろ向きに進み始める。また、いつか、振り子がすれ違う。

思ってもいない横やりが入り、二つの振り子のその猛進を遮った。振り子は人の手によって強引にその動きを止められた。彼の母親が倒れ、あっけなくこの世を去ったのだ。70代前半であった。舅も彼も彼の姉も、嘆き悲しみ、涙に暮れた。塔子は淡々と通夜と葬儀に出た。前回の、あの何もかもを一人で背負わなければならなかった忙しさや辛さから比べると、今回は喪主ではない上に舅や義姉や彼よりも自分が断然年下である事から、まるでお客さんのように気が楽であった。自分がメインで一切合切取り仕切らなくてもよい、所詮他人事の葬儀ほど楽なものはない。塔子が泣かないのを、彼の父親が憎々し気に睨みつけた。お前のせいだ! と義父は塔子を指差して叫んだ。お前のせいで、母さんが成仏出来ないじゃないか! うちの娘も息子もちゃんと悲しんでいるのに、何故お前はそう一人涼し気な顔をしているんだ!? お前がそんなだから、母さんが死んでしまっただろう! 全部お前のせいだ! 全部お前のせいだ! 
まぁ、まぁ、お父さん……と彼と彼の姉に宥められながら、義父は隣室へと連れて行かれた。連れて行かれる際も、真っ赤な鬼のような顔をして、塔子を睨みつけていた。塔子は呆れながらも、どこかクスっと笑いたいような気持ちになった。舅ももう、70を超えているのだから、そんなに長くはないだろう。あの真っ赤な面をした老人の性根は、きっと焼くまであのままなのだろう。なんだか可哀想だ、と塔子は思った。70にもなろう者が、賢者に近づくどころか、寂しさもやるせなさも誰かに擦り付けなければ自分で処理する事すら出来ないのだ。こんな悲劇があろうか。義父によって彼の行く末を垣間見たような気がした。

葬儀が過ぎると、舅はもぬけの殻状態になってしまった。妻に先立たれた男ほど、惨めで弱いものはない。惨めさや弱さを隠すための衝立を失ったのだから、それが露見されても致し方ない。彼は残された父親のご機嫌伺に明け暮れた。塔子は塔子で、塔子ちゃんは何もなくて幸せでいいわねぇ。人が亡くなったらあれもこれも、こんなに手続きでやる事があるのよ、と不機嫌に零す義姉の戯言を静かに笑って聞き流していた。悲しんでいる暇なんてないのよ、と言う義姉の代わりにあれもこれもしてやろうという気はさらさらなかった。20代、30代の自分に出来た事が、もうすぐ50にもなろうかという義姉に出来ないはずがないのだ。彼も彼の姉も人生で初めてぶつかった壁に右往左往していた。果たしてそれが壁かどうかも怪しいものだったが、悲しみというただその一点においては、塔子も認めざるを得なかった。義母は、愛されていたのだろう。塔子は母を失った悲しみより、突如始まった別居による自分の将来の事しか考えていなかった。誰かを失った悲しみを乗り越える苦労など、なかった。あの当時、たくさんたくさん泣いたが、それは母を思っての涙ではなく、舅や姑から受けた見当違いの暴言の数々に涙していたのだ。大きな悲しみを背負った彼と彼の姉を気の毒だと塔子は思った。

逆の場合は元気でピンピンしているのに、何故男は妻に先立たれるとこんなにも弱るのだろうか。49日が過ぎた頃から、舅は目に見えてやせ細り、元気がなくなった。覇気もなくなり、ただぼうっと生きているだけの人になった。彼が病院に連れて行くと、初期の認知症と診断された。この世の終わりのような顔をして彼が塔子にそう告げると、塔子はうんうん、と頷いたきりでその後は何も言わなかった。今までの塔子なら、大変だね。じゃあ、引き取ろうか。私が面倒看るよ、と良い人を演じたかもしれなかったが、彼に対しても舅に対しても義姉に対しても、もう既に良い人を演じる必要はなかった。彼は苦しそうな表情をしながら、コソコソと自分の姉と連絡を取り合い、電話で揉める事が多くなっていった。揉めてる間にも、義父はどんどん弱っていき、ただの風邪を拗らせ、肺炎になって入院する事になった。それはなかなか治らず、治らないばかりか他にも一気に病魔が押し寄せ、舅は病院で寝たきりの状態になった。義姉は電話で塔子に、あなただけ蚊帳の外状態なのは許さない、と言った。週に何度かは着替えの洗濯や備品の補充などで通ってもらわねば困る、と言った。あぁ、いいですよ、と塔子は応じた。全然、構わないですよ、と。どちらかがそう言って来るのを待ってました、と塔子は言った。義姉は暫く黙り込み、塔子の意図を慮っていたようだが、何曜日はこれ、次はこれ、と指示を出し、電話を切った。

さぁ、復習だ。何も初めての事じゃない。介護の、復習だ。今度はあの頃よりも、じっくり、真剣に向き合える。自分が歳を取った分、出来る事も増えるだろう。もう、あの頃のように青く若く純粋ではない。同じ年頃の若い看護師達に、苛められる事もない。転院に事が進んだとしても、あの頃のように一人で行き場を探して彷徨い歩かなくてもいい。それらは皆、彼や彼の姉がすべき事であって、塔子一人が背負い込まなくていいのだ。治療を変える際に悩みに悩んだあの煩わしい決断も、自分は今回しなくてもいいのだ。薬が変わる度に往復四時間も掛けて病院まで判を付きに通わなくてもいい。子供達の預け先がなくて苦労をする事もない。彼らはもう大きくなり、自分で鍵を開けて留守番が出来る歳になったのだ。あぁ、素晴らしい! なんて素晴らしい介護なのだろう! 若い一人の小娘が全責任を負わなくて済む介護ほど、この世で楽な介護などない。そして、今度は復習だ。前回の介護はリアルにまだ覚えている。それらを一つ一つ思い出して、クリアしていけばいいだけの話だ。やれる。今回は、歳を取った分、100%の力を発揮して、それをやれる。自分なら、誰よりも上手に出来る。

愛してもいない人の介護をするのに、塔子は慣れきっていた。そんな事は、何の問題にもならなかった。互いに憎しみの対象でしかない相手の、介護をする。上等だ、と塔子は思った。舅はおそらく塔子が介入するのを嫌がるであろう。塔子はフッと笑みを漏らした。大切に、大切に、母の時よりも大切に、義父を看るのだ。丁寧に、丁寧に、彼よりも彼の姉よりも丁寧に、介護をするのだ。善意を蔑ろにしてきた者に、善意を持って、介護をするのだ。確かめるように介護の復習を、過去をなぞるようにそれ以上の介護をするのだ。
それが塔子にとって人生最後の最大の復讐だと誰にもわからせないほど、立派にやり抜くのだ。


*次回、「ひとしずく」 最終話です。



「目覚め」1~8



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vol.119 目覚め 8

人は自分を変えようと思えば変える事が出来る。すぐには無理でも、変わろうと思った時点で最初の一歩は踏み出しているのだ。たとえそれが困難で長い道のりになったとしても、やがて行き着く場所は必ずある。しかし、人を変える事は不可能だ。人は自己変革出来たとしても、他人を変える事は決して出来ない。それは自分がイメージしている他人と、その本人の自覚している自分というものが必ずしも一致するものではないからだ。その間には山と谷ほどの大きな隔たりがある。

大概の人もそうであるが、特にモラルハラスメントを行っている者は、内と外の顔を完璧に使い分けている。塔子から見た彼と、外部の人間から見た彼とでは、その印象は雲泥の差があるはずなのだ。人は、いくつもの顔を持つ。どの顔を誰に見せるかは、意識的にせよ無意識的にせよ、瞬時に判断されている。また、全く同じ顔を誰にでも平等に見せていたとしても、見た側の印象でそれが同一のものであったとしても捉われ方は異なる場合も多々ある。人は、同じ対象物を眺めていたとしても、通しているフィルターが人それぞれ違うから抱く感想は千差万別なのだ。

彼とてそうである。塔子にとって彼は背負わなくてよい荷物がまた一つ増えてしまったという印象でしかなかったが、彼の両親から見れば、30や40の大の大人になっても可愛い可愛い大切な長男である。彼の友人達から見れば、愉快で朗らかな良き友である。本当は違うと塔子が声を枯らして叫んだところで、彼らの印象を変える事は出来ない。彼らにとってはそれが真実であり、塔子の言葉こそ事実無根であるからだ。

塔子は彼を変えさせようとはしなかった。ただ、彼の行いや発言で誰がどれだけ傷つくか、困るか、嫌な気持ちになるのか、というその事だけに触れた。それを言えば何時間も、何日も、時には何か月も子供のように彼はむくれた。それでも塔子はそれを伝え続けた。言わずに我慢している方が圧倒的に楽に生きられるのだが、敢えて塔子はそれを貫き通した。それは、彼のためを思っての優しい心遣いからではなく、塔子自身のため、そして子供達の将来のためだった。彼のために何かをしよう、彼に尽くそうという気持ちは綺麗サッパリなくなっていたが、代わりに塔子にも自己保身の気持ちが芽生え始めたのだった。どう過ごせば自分が気持ちよく暮らせるか。どうすればよりよく暮らせるか。それまで持ち合わせていなかった狡さと強かさをも手に入れ、塔子は自分と子供達のためだけにそれを実行し続けた。長期に渡る無視という意地の張り合いは、余計に子供達に悪影響を及ぼしかねなかったが、塔子はそれすら脇へ追いやって、自分の主張を通した。何日も、何週間も、何か月も貫き通す事もあった。子を持つ母親がみっともない、と後ろ指をさされようが、気にもしなかった。彼も、彼の両親も、子供達ですら、自分自身より大切なものはない、というスタンスを押し通した。実際、そう思っていた。塔子は彼より、彼の親より、自分がお腹を痛めて生んだ二人の子供より、自分自身を大切にする道を選んだのだ。

それは、見た事もない道であり、辿るはずのなかった道であった。目の前の景色が急に色付き、厚く覆っていた雲が風に押し流された後の光と熱を感じる道であった。笑いたい時に自由に笑った。彼の顔色を伺わず、自分の意見を口にした。彼には一切相談せず、自分のお金で自分の好きなものを買った。少しでも時間が出来ると、新しいバイクに跨がり、颯爽と街中を駆け巡った。自分専用のパソコンを手に入れ、彼との共用を止めた。行ってみたかったカフェやお店巡りをした。結婚してから制限があって会えなくなってしまった友達と会った。楽しめそうな閃きはすぐに実行した。

自分がやろうと心底思えば、それらは意外と簡単に手に入るものばかりだった。今までは介護に育児にと時間がなかったから無理だったのももちろんあるのだが、なにより彼の存在が恐ろしく煩わしく逃げていたのだ。無理だ、と自分で決めつけていただけだったのだ。ところが蓋を開けてみれば、世界はこんなに眩く、彩り豊かな場所だったのだ。塔子は思い切り自由を満喫した。誰ももう自分を制する者はいない。楽しんでいい。喜んでいい。申し訳なく世界の片隅で小さくなって生きていなくてもいい。誰に共感してもらえなくてもいい。誰に褒めてもらえなくても、誰に愛されなくても構わない。元々、最初からゼロだったのだ。承認欲求すら、塔子の右手のアクセルで敢えなく風に巻き上げられ、一瞬で過去へ飛ばされていった。

それでも、必要最低限のしなければならない生きるために不可欠な事は怠らなかった。それは良心からでもなければ、世間体を気にしてというのでもなく、半ば意地からであった。仕事は休まず続け、家事も今まで通りにこなした。子供達のPTAの活動も全て参加し、二年連続役員もした。町内会の班長もやり、パトロールや町内の清掃もした。それらは心から楽しめるものではなかったが、まるで重箱の隅を突くように粗を探す彼への防御策であった。嫌味なほど、やるべき事は今まで通りに、もしくはそれ以上にこなした。それが、塔子にとっての保身だった。

すっかり変わってしまった塔子を、彼は最初受け入れる事が出来ないようであった。それでも構わず塔子は自分で決めた道を黙々と進んでいった。彼の好みではない服を着て、彼の好みではない音楽を流して、彼の好みではない話題を口にして、彼の好みではない食べ物を食べる塔子を、彼は呆然と見つめるだけだった。塔子の変貌ぶりに脳がフリーズしてしまったようであった。時折、思い出したように文句を言う事もあったが、塔子は全く相手にはしなかった。何を言われたところで、やるべき事柄は既に終わっているからだ。もし仮に塔子が何もせず、ただ自分の好きな事だけをしたとしても、塔子はそれでも彼に何も言われる筋合いはないと思っていた。家政婦のように家の中を片付け回らなくても、たとえ仕事を辞めてのんびりくつろいでいたとしても、何もせず、ただ生きているだけの厄介な存在になろうとも、それでも認められ、愛され、許されている者が世の中にはたくさんいるからだ。それに引き換え、あれもしてもらい、これもしてもらい、あなたはこれ以上何を望むものがある? という態度で塔子は彼に接していた。実際、彼は全てに満たされており、過保護に慣れた子供のように、贅沢を贅沢だと気付いていない馬鹿者のように、塔子の目には写っていた。

何を不満に思う事があるというのか。私が持っていないものを、喉から手が出るほど欲しかったものを、お前は手にしている事すら気付かず、さも当たり前のような顔をして持っているではないか。70を越えた両親はまだまだ元気いっぱいで、息子に甘えてもらいたくてウズウズしているではないか。たとえ我が子が間違っていようと、全力で憎き嫁から守り通そうとする親が二人も揃っているではないか。愚か者であっても、怠け者であっても、あるいはただそこに存在して息を吸ったり吐いたりしているだけでも、力いっぱい愛されているではないか。これ以上、一体何を求めるというのだ?

彼にしろ、他の誰かにしろ、何かを羨ましく思ったり、恨みそうになると、塔子は新たな楽しみを見つける事で気を紛らわせた。思い出したように、昔好きだった曲の入ったCDを買い求め、夜に皆が寝静まると、小さな音で繰り返し繰り返し再生を続けた。感傷は甘く、優美で、切なかった。ゆったりと流れる音楽によって、群青色の夜は密度を変え、濃厚な乳白色が空間をマーブル模様に描いた。そういった感傷の裏側では、どこかでもう一人の自分がギャラリーとして音楽を聴く自分を眺めているような、そんなあざとさやわざとらしさや嫌らしさの存在を微かに感じていた。甘い感傷に完璧に浸るほど、自分がもう若くはない事を、塔子はその時自覚した。そして、何故だかその事実にホッとした。若さ故のキンキンと張り詰めた、あの気恥ずかしいほどの無知な空気感が抜けていくのを感じていた。あのシャラシャラと星屑が零れ落ちるような、清浄な空気感が抜けていくのを感じていた。実年齢と精神年齢は全くの別物であった。

母の死によって平凡に戻った日常を、その単調でどこか退屈な日常を彩る何かを、塔子はいつも探し続け、実行し続けた。それは成功する事もあれば、大した成果を上げない事もあった。だが、そんな事実はどうだってよかった。自分の思いついたアイデアを実行する、それ自体に意味があったからだ。人を変える事は出来ない。どれだけ懇願しようと、土下座しようと、たとえ家族でも相手を変える事は出来ないのなら、自分が強固に、強かに、柔軟に、変わる事を塔子は選んだ。唖然としたり、罵ったり、無視したりと、彼の方でも忙しそうな毎日を過ごしているようであった。そのうち、彼の方が塔子の変化に追い付かず、疲れ果て、離婚を仄めかす事もあった。しかし、それさえ塔子は笑い飛ばし、なかった事にした。ここで、はい、どうぞ。自由におなり、と手を離すのは簡単な話だった。それが出来るなら、こんないたずらに時間を浪費せず、とうの昔に実行していたはずなのだ。何度も何度も、そのチャンスはあったはずなのだ。けれども、事態はそんな簡単な二文字で済まされるほど安直なお話ではなくなっていた。他の人はどうか知らない。それが二人にとって最善の策である場合、迷わず離婚すればよい。しかし、塔子にとって、それは全く最善の策ではなかった。逃げ帰る実家もなく、実家の近所にアパートを借りてくれ、資金の援助や引っ越しの手伝いをしてくれるような甘い親や親戚がいるわけではなかったからだ。身体の不調などで仕事が無理になった時、お金が尽きた時、自分が仕事中に子供達が倒れた時など、様々なシミレーションは遥か昔に体験済みだ。そして、どのパターンを選べば自分がまだマシに生きられるかと、賢く狡く選び取ったのが、今ここにいる、この場所であったのだ。楽園とはいかないが、いらないものを切り取ったり、新しい風を呼び入れたりして、どうにか喜びを探しながら暮らせるようになったのが、今ここに立つ、この場所なのだ。それを気まぐれな彼の一言で全て覆されるとなると、塔子は納得がいかないどころの話ではなく、それなら一層の事殺してくれた方が百倍も二百倍もマシであると考えるのだった。母と陥っていた共依存は、彼と塔子の間にも受け継がれていた。塔子はそれを自覚していた。しかし、それさえも逆手に取らなければならぬほど、塔子の身の上は孤独であった。彼と切れる事によって、子供達を諦めなければならない確率も、普通の人が離婚する場合より高かった。唯一の身寄りである弟は、弟であって、兄ではない。それは守るものであって、守ってもらうものではないのだ。弟の大学資金を出したのは姉の立場である塔子の方であって、今更その役割を真逆に変更するのは、精神的な面においてさえ、互いに不可能であるのだ。どう考えても、最善策は離婚ではない事を、塔子は痛いほど知っていた。他の人にとってはそれが一番の最善策であったとしても、自分だけはそれを選び取る方が危険である事に、塔子は気が付いていた。少なくとも、自分自身の環境においては。彼を差し引いた、自己都合だけの環境を選び取るにおいては。

彼一人が鳥籠の中から飛び出し、自由に羽ばたくのを、塔子は決して許さなかった。


「目覚め」シリーズ



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vol.118 目覚め 7

最終決断はいつでも出来る。離婚の道を選ばなかった塔子にとって、その後の生活は日々観察だった。彼の行いの何に嫌な気持ちになっていたのか、彼の発言の何に傷ついていたのか。それらの全てを彼に提示した今、その後相手がどういった行動に出るかは、塔子の問題ではなく彼自身の問題だった。

ちょうどその頃、立て続けに彼の友人の数名が離婚したり、別居の道を辿った。彼らの話を聞いていると、面白いくらいに内容が酷似していた。彼らは、何も悪くないのだ。彼らは被害者であって、原因を作ったのは全て妻の方だと言う。妻側があれをしないから。妻側がこれをしてくれないから。妻側が自分に冷たくなったから。妻側が自分を捨てて出て行ったから。
原因は見事に相手の方にあるらしく、自分達には一切非がないらしい。原因を作ったのはいつも妻の方で、彼らには何の落ち度もなかったのだ。へぇ。そう。塔子は内心類は友を呼ぶと思いながらも、当たり障りのない返事をして何の関心も示さなかった。心の中では少し笑っていた。夫婦間の事など、正味のところは誰にもわかりはしないものだが、子気味いいほど自分達は何も悪くはない、自分達は被害者である、と信じて疑わない彼らの性根を、根本を、訝しく思った。

塔子は最近、自分が人一倍騎士精神というものに興味があり、それを実行してきた事を知った。男だとか女だとか、そういった事は関係ない。誰かが何かを守る精神というものが、塔子の真ん中に核のように絶対不滅にあり、それが当たり前だと思って生きてきたが、どうやらそれは万人に備わっているものではないらしい、という事実に三十も過ぎてようやく気付いたのである。自分の夫を含め、彼の友人達もそれを持っていない類の人種で、それは何も別に恥ずべき人生ではない事はおろか、そういった騎士精神を持たない者の方が漠然とした数として圧倒的に多いのだという事に気付いたのである。
そんな精神を持っていたところで、特に何のメリットもなければ逆に不都合もないのだが、成長の過程で環境と己の思考が絡み合って生まれたその偶然の産物を、塔子は大なり小なり誰しもが当たり前のように持っているものだとずっと思っていた。けれども、実際はそうではない。全く持ち合わせていない者だっているのだ。誰もが同じ経験をし、同じ道を辿るのではないから、当然といえば当然の事であるのに、それに気付いた塔子は暫し愕然とした。

塔子はマントを翻し、あてにならなくなった父の代わりに、母を、弟を守った。その心中は、初めて結婚し、妻をめとった若い男のような気持ちだった。これまでは身軽であったけれど、恋に恋していればそれでよかったのだけど、これからは一人前の人間として、妻子を食べさせていかなければならない。当時の塔子はそういった、初めて責任という重みを知った未来ある若く純真な新郎のような心持ちだった。自分が本当に結婚してからは、夫を、子供達を、そして母を守った。自分の盾が既に修復不可能なほどに傷んでいたところで、途中で闘いをやーめた、と投げ出す事は出来なかった。彼らは皆、塔子のマントに包まれ、安心しきっているのだ。剣が欠けてもう使えなくなっていたところで、彼らは塔子のマントの中に隠れているのだから、実際のところを知る由もない。ただなんとなく、今は順番的に自分がそういう闘いの先頭に立たされている番であって、いつか誰かがこの辛い役を代わってくれるに違いない、と塔子は思っていた。マントの中で眠りから覚めた時、いつか誰かが代わるよ、と言ってくれるのではないかと淡い期待をしていたのだ。本物のジェントルマンは今はただ眠っているだけで、まだその核が小さいだけで、その行いを恥ずべき行為だと知らないだけで、一度灯がつけば起き上がるものだと信じていたのだ。ところが現実はそんな甘いものではなく、そもそも彼らは騎士道精神など最初から持ち合わせてなどいなかったのだ。そして、それは何も恥ずかしい生き方でもなんでもなく、至極当然なのだと塔子は最近になってやっとわかってきたのだ。

持って生まれた性質もあれど、環境によって育まれた後付けの性質もあるならば、塔子の騎士精神は断然後天的なものだった。環境によってそうなるべくしてなったのだ。自分が完全なイネイブラーでプラケーターだった事と関連しているのかもしれない。おそらく、自分は無意識的にせよ騎士道精神を持たない種類の男というものを、腹の底から圧倒的に軽蔑しているのだ。蔑み、憎悪しているのだ。その心根を醜悪だと感じ、侮蔑しているのだ。彼らだって悩みを持ち、彼らなりの正義と判断で日々生活をしているのだろうが、そもそも一家の主になろうと覚悟した者は、自分本位な考え方を、弱者を見捨てる生き方そのものをすべきではない、と塔子は思っていたのだ。それは表立ってではなく、井戸の底の冷たい水のようにひっそりと隠されていた思考だった。塔子自身、自分の内にそういった思考がある事を、それが自分というものを創り出している大本である事に、長らく気付いてはいなかった。

父の裏切りによって刻まれた心の傷は、後に残された人生の過酷さからか、後々ジワジワと塔子を追い詰める類いのものだった。弟はまだ学生で、一人前ではなかった。まるで救世主のように煌びやかに現れた彼も、見た目は大人だが中身は幼児とさほど変わらなかった。父も、弟も、彼も、義父も、塔子の周りにいる男は誰も騎士精神など持ってはいなかった。塔子は意識する事なく、その事実をどこかで嘲笑っていたのだ。何も口に出さず、何も態度に出さず、自分でも気付いてはいない状態で、それを持たぬ者を見下していたのだ。奥底で塔子という人間を象っているその精神を大抵の人は何の関心も持ってはおらず、もっと別の掛け替えのないものでその隙間が埋まっているというのに、塔子だけがそれをまるで勲章のように後生大事に抱え込んでいたのだ。その精神は特に褒められたものではなく、まるで菓子を買った時にたまたま付いてきたおまけの玩具のような、なくても別段誰も困らないちっぽけなものだったというのに。

マントの影に隠れた男を、卑怯者だと思っていた。臆病者だと思っていた。塔子の後ろにまわり込み、肩を掴んで敵にグイッと差し出してから隠れる者が増えていくほど、塔子の中で被害者意識が芽生え始めた。だが、それは塔子の個人的な感想であって、彼らにとってそれは当たり前の行いであったのだ。それを恥ずかしいと思わない者がいても、ニュートラルな観点から捉えれば、様々な人種がいるのが世の摂理だ。思想も星の数ほどあり、考えもそれぞれ違う。違って、当然なのだ。塔子のマントに包まれた彼らは保身こそ全てであって、自己犠牲や博愛精神や騎士道精神などに何の興味もないのだ。確かに、彼らは一種の狡さを持っていた。その狡猾さは事実として確かにあった。それでも、そこから自分が被害者であるという意識を生み出したのは紛れもなく塔子自身なのだ。それは誰に植え付けられたものでもなく、正真正銘自分が創り出した意識であったのだ。

父の事がなければ、あるいは塔子はそういった精神を持たない人間になっていたかもしれない。しかし、それがあったからこそ、いつも彼に過度な期待をしていたのではないか。彼が持ち合わせていない人種だと薄々気付きながらも、いつかは自分のこの辛い人生を共に生きてくれるはずだと意識すらせず期待していたのではないか。夫婦なのだから、喜びも悲しみもお互いに半分ずつ分け合ってもらえるものだと期待していたのではないか。彼という個性を無意識に否定し、新たな父性の代替え品として期待していたのではないか。そして、彼はそれに気付いていたのかもしれない。塔子のそういった期待に気付き、それに応える意欲もなく、力もなく、見ない振りをしていた。彼のその態度に徐々に塔子は被害者意識を募らせたが、彼は当たり前の日常を普通に生きているだけだった。彼にとって人間とは狡い事もする存在であり、敵が現れれば真っ向から闘うのは愚か者のする事だと思っており、自分自身が何よりも一番大切な存在である事を、配偶者より娘より息子より何を差し置いても自分という存在が一番大切であるという姿勢を、隠そうともしなかった。塔子にとって、弱い自分をさらけ出すのは屈辱以外の何物でもなかったが、彼にとってそれは息を吸うように意識する事なく当たり前に行う動作の一つでしかなかったのだ。人は、弱くてもいいのだ。人は卑怯でも狡猾でもそれを許される環境下にあるのなら、何の不都合もありはしないのだ。そういう人間が大半を占めているのが、この社会だったのだ。

それに気付いた時、塔子は彼への期待を一切捨て去った。彼は父の代用品ではない事が、やっと理解出来たのだった。不気味なほどそっくりな彼ら二人の類似点も、やっと納得出来た。人生に失敗し、空中分解してしまった家族を取り戻そうと、よく似た新たな人材を見繕ってきてやり直さなくても構わなかったのだ。なんと自分は愚かな時間を費やしてきたのだろう。そしてなんと愚かな結婚をしてしまったのだろう。何の罪もない子供まで生んで。どれだけの年月を虚しく浪費してきたのだろう。そこには決して自分の望むものなどありはしないのに。
彼と出会ってから初めて、塔子は彼に対して申し訳ないと思った。彼のモラハラに苦しめられた長い年月も、そもそも種を蒔いていたのは、塔子自身だったのだ。彼の非人道的な振る舞いは到底許されるものではなかったが、事の始まりは自分の再現願望から来ていたのだ。塔子も充分に苦しんだが、彼の方も彼なりに苦しんでいたはずだ。

彼は、私の父の代わりをしなくてもよい存在である。彼は彼であって、他の何者でもない。塔子はそれを頭に叩き込んだ。自分を内観する旅は終わりを迎え、塔子は新たにまっさらな気持ちで彼と向き合う事にした。脆く、子供のように無責任で、悪気なく人を傷付け、傷付けずにはいられないという、父にそっくりな性質を持つ彼と。



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vol.117 目覚め 6

一体、自分は何に対して悩み、悲しんでいたのか。そして何に対して怒り、憤りを感じていたのか。何を辛いと感じていたのか。漠然とした灰色の霧は消え去り、自分が立っていた状況が理解出来た今、後に残ったのは自分自身の感情だった。それを突き詰めて考えてみれば、後に残されたその感情とも真摯に向き合える。塔子はそう思った。

結局のところ、自分はただ他人を羨んでいただけなのかもしれない。隣りの芝生を青く感じていただけなのかもしれない。誰にだって何かしらの、当事者にしかわからない苦しみの一つや二つは必ずあるものだ。誰もがお花畑を呑気に駆け回っているわけではない。投げつけられた石のつぶてを大ごとに取るか、あぁ、この程度の怪我でよかったと捉えるか、それだけの違いなのだ。要は本人の気持ち次第なのだ。過去は決して変えられない。事実は事実として、ちゃんとそこにある。ただ、そこに引きずり込まれるか、その状況を認めた上でそこからどう立ち上がっていくか。その違いだけなのだ。

自分にとって、要介護5の母の介護は、ひどく重荷だった。終わりの見えない苦行をひたすら課せられたようなものだった。ただ、それは時期的なものもあって、もしかして自分がもっと歳を取ってから始まったものならば、それはそれほど辛く感じなかったかもしれない。自分にとって根本的な苦しみの原因は、母の介護云々ではなく、おそらくそれが始まった時期が大きな原因だったのだ。要介護5の母を介護する、という看板があまりにも大きすぎて見えていなかったが、苦しみの本当の原因はそこではなく、そこでは決してなく、ただただ時期が悪かっただけの事なのだ。
塔子が幼い頃から、母は病弱で入退院を繰り返していた。それは母が離婚した後も、塔子が結婚して子供を生んだ後も続いた。脳梗塞で倒れ、後遺症で半身不随になったのは母が50代の頃で、塔子の一人目の子供が幼稚園に入園し、二人目の子供がやっとよちよち歩き始めた頃だった。楽しくも振り回されながら、悩んだり喜びを感じながら子育てをする時期だった。夫の協力を得られない育児。夫とは分かり合うどころか、意思の疎通すらなかった。周りのママ友達のように息抜きや子供を預けるために実家には帰れない孤軍奮闘の育児。そこに更に被さってきた母の介護だった。サポートを得られないどころか、子供二人と寝たきりの母を、助けてばかりの毎日だった。私はこれだけした、あれもやった、これもやった、と訴える場所も暇ももちろんなかった。それらをまるで武勇伝のように語る事すら許されなかった。頭痛で寝ていれば必ず彼の皮肉が飛んでくるので、痛くない振りをしていつも笑っていなければならなかった。高熱にうなされていても、ひとたび母の病院から電話が入れば、それが他愛のない用事でも、すぐさま飛んで行かなければならなかった。八方塞がりの中、自転車の前かごに母のオムツ、鞄には子供のオムツ、そして後ろに息子を乗せて、ひたすらペダルを漕ぐ人生だった。自分の感情など、完全に麻痺していた。いつも置いてきぼりにして捨ててきた。そこに視点を当てるとあまりに惨めなので、何も感じない振りを続けた。逆に、うまく立ち回れない自分を責める毎日だった。

これが、もし時期が違っていたなら。子供達がもう少し大きく、せめて二人とも小学校に入っていた時期ならば、これほど時間に追われる事はなかったかもしれない。もっと子供と向き合い、たとえ帰れる実家がなくても子育てを楽しめたかもしれない。子供が大きくなって手が掛からなくなってから、母の介護が始まっていたなら。自分はもっと母と向き合えたかもしれない。片手間な育児と片手間な介護に挟まれ、自分を責めて苦しむ事もなかったかもしれない。世間一般と同じように、もしくは老々介護のように時間と自分に余裕がある中での介護だったなら、これほどまでに辛くはなかったかもしれない。自分の悩みの根本は、ここだった。時期が悪かったのだ。世間一般に始まる介護の時期からは大きくズレていた事が原因だったのだ。二十年、もしくは三十年も早く始まった介護生活だった。50代の母親は、まだまだ元気で娘の子育てを応援するはずの年齢だった。普通の人のように、介護が必要になるのは、70、80代になってからであってほしかった。介護人である自分がまだ20、30代の頃であってはならなかった。せめて子育てがひと段落した40代以降であったなら、理不尽に思い悩む事もなかっただろう。子育てに協力的なママ友の母親を見て、心が悲鳴をあげるほどズタズタに切り裂かれる事もなかっただろう。

ただ、ひたすら時期が悪かった。それだけの事なのだ。長い牢獄の時期も、いつかは終わる。永遠の命なんてないのだから、全ての者に等しく終わりは必ずやってくる。そして、そこから得るものもある。自分の辛さの根本的原因をハッキリと突き詰めた塔子は、自分の努力次第で得られるものだけに力を注ぎ、与えられないものを悲観したり欲しがったりするのはもう止めようと思った。

義父から受けた心無い言葉を噛みしめ、充分に味わった後に塔子が出した結論はそれに尽きた。自分の努力で得られるものしか欲してはならない、という結論だった。優しさや愛情、親切心や温かさ。そして思いやり。相手側に備わっていないそれらの事柄を、くれとねだるのは無意味な事だとわかった。義父が嫌味で言ったのか、心底真実を語っているのかは知る由もないが、どちらにしても向こうは塔子に対して愛情も信頼も1ミリも持ち合わせておらず、ただただ保身しか念頭にない事はよくわかった。塔子にはそれを指摘する事も、それを改心させる事も出来るわけがないのだ。人を変えるなど、そもそも出来るわけがないのだ。ならば自分が変わろう、と塔子は思った。手に入らないものをないものねだりするのは止そう。物欲しそうに指をくわえて、いつかあの人は変わるかもしれない、いつかあの人は私を受け入れてくれるかもしれない、と期待をして生きるのは止めようと思った。これからの自分に必要なものは、自分の努力次第で得られるものだけだ。相手側に期待するのは依存しているのと同じなのだから。求めても叶えられない夢ならば、いっそのこと最初から存在しないものとして割り切るしかない。

納得するまで、暫く時間が掛かった。何故? と不思議に思う堂々巡りから抜け出すのに時間が掛かったのだ。塔子は本当に不思議で仕方がなかった。義父や義母の仕打ちが理解出来なかった。頭痛は相変わらず果てしなく塔子を苦しめ、またもや耳に不調が現れた。耳痛はどんどん酷くなり、顔の右半分がビリビリと痛んだ。熱は上がったり下がったりを繰り返し、挙句の果てにはまるで世界地図を広げたような蕁麻疹が全身を隈なく襲った。鬱になる状況を許されない環境下にある者は、時として身体にその症状が現れるという。あぁ、自分もおそらくそうなんだろうな、と塔子はまるで他人事のように自分を客観視した。長かった介護生活が終わり、終わったと同時に別居が始まり、相手側の親は保身しかなく、自分には肉親も味方もいない……。そうだ、自分は昔から打たれ強かった。鉄で出来ているかのように、心だけは強かった。心に向かうはずのものが何も感じないのなら、身体に向かうしかこの憤りも悲しみも、声を上げる術がなかったのかもしれない。聞きたくなかった言葉は耳痛に、体中を巡る怒りは血にも入り込み血管という血管全てを浮腫ませた。ただ、それだけ。それだけの事なのだ。何も恐れる事はない。何も悲観する事ではない。ただ、私は怒っているのだ。ただただ悲しんでいるだけ、それだけなのだ。得意になる必要もなく、哀れになる必要もなく、ただ認め受け入れ、果てしなく続く日常を淡々とこなすのだ。

症状も気持ちも一進一退だった。前向きに物事を捉えられる日もあれば、獰猛なほどの自責の念に囚われる日もあった。髪をかきむしるほどの憎しみと孤独の狭間で、なかなか消えてはなくならない被害者意識にのたうち回った。自己憐憫しか癒しを得られない虚しい日もあった。頭では理解出来ているのに、心と身体はそれに追いついていかない日もあった。バラバラと髪は抜け落ち、大きな禿がいくつも出来た。もう無理かもしれない、自分にはもう立ち上がる気力が残っていないのかもしれないと思う日もあった。死に場所を必死に考える日もあった。全てはいきなり好転するはずはなかった。あぁ、どうして義父はいつもいつも私を蔑み、傷ついたり恥ずかしく思ったり呆然としている私を見て喜んでいたのだろう? 何故あんなに人は卑しくなれるのだろう? どこまで人は自分を満たすためだけに卑劣になれるのだろう? そこに果てはないのだろうか? 何故親が死んだ、その瞬間から責められなければならなかったのだろう? 慰めの言葉一つ掛けてもらえず、悪い嫁に引っかかった我が子が可哀想だ、と責められなければならなかったのだろう? 私には庇ってくれる親すらいない事を知っているのに、何故そんな発言が出来たのだろう? 自分の娘より遥かに若い義理の娘である私が、一人で親を苦労して介護していたのを知っているのに? 40にもなった自分の娘は優雅にまだまだ娘の立場を満喫しているのに? 憎しみは竜巻のように渦を巻き、義父や義母や義姉を巻き上げ、吹き飛ばした。そうかと思えば翌日には、怒りに身を任せた自分を恥じ、自責の念に駆られるのだ。

生きている者を許すのは、死んだ者を許すより遥かに難しい。塔子はそう思った。それでも、きっと乗り越えられる。これまでも全部乗り越えてきたではないか。乗り越えられない壁は、時間が上手に解決してくれたじゃないか。大丈夫。きっと、大丈夫。この怒りも悲しみも一過性のものであって、永遠に続くわけじゃない。身体に現れた数々の症状も、心が落ち着けばいつかは消えてなくなるだろう。大袈裟に騒ぐ事ではない。大丈夫。きっと、大丈夫だ。

いつかは、自分も歳をとる。中年になり、老人になる。いつかは全てが思い出になる。無様だった過去も良い記憶も、灰となり消えていく。一生懸命に生きた証さえも、一筋の煙となって跡形もなく消滅する。それまでの長いような短い期間、これからは出来るだけ楽しく生きよう、と搭子は思った。自分の思うように生きよう。今までやりたくても時間がなく出来なかった事、誰かの視線や世間体ばかりを気にして出来なかった事。それらを全部やっていこう。自分で自分の首を絞めるのはもう止めにして、代わりに自分で自分を幸せにしてあげよう。子供達が二人とも小学生になった今なら、母の介護が終わった今なら、それが許されるはずだ。母や彼や子供のために犠牲にしてきた自分の時間を取り戻すのだ。その考えは搭子をワクワクさせた。苦しみからようやく解放された搭子は、生まれて初めて沸き上がってくる楽しい感情に目も眩むほどだった。喜んでも、いいのだ。楽しくしても、いいのだ。誰に非難されようと、後ろ指を指されようと、気にしなければいいのだ。たとえ彼が搭子の前向きな生き方を恐れ、阻止したり嫌がらせをしたりしても、自分はもう決して諦めない。自分の人生は誰かの顔色を伺う事ではない。相手がそれを理解しないのであれば、自分は自分の道をいくだけだ。これから、自分は幸せになる。幸せになるのだ。搭子は未来をそう決定した。


「目覚め」1~5



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vol.116 母の思い出 8

絡まった糸の先に着いていたのは、父だった。
それは大きな諦めを持って、なかったものとして葬った過去の亡霊だった。あの人の事を考えるのは、馬鹿らしい。思い出すのも、煩わしい。心が汚れていくような気さえする。それは、何故だったのだろう? 一体、いつからそうなってしまったのか。

母と別れ、私達家族を捨て去り、夫としての、そして父としての責任をいとも簡単に放棄した頃からか? 否、違う。それはおそらくもっともっと以前からあったものだ。単身赴任で出て行った頃からだろうか? 違う。母が自分の祖母を私達の自宅に引き取った頃からか? 違う。弟の結婚式の当日に、私を騙して付き合っている女の元へ連れて行った頃からだろうか? きっと、違う。それは私が幼い頃から、記憶にさえ残っていないくらい遠い昔から、密かに存在していたのではなかろうか。

平和な食卓を囲む笑顔の裏で。ドライブのクラウンの中で。手を繋いで出かける近所の公園の中で。右に左に行き交うバドミントンのシャトルの向こう側で。
私はあの人を愛していたのだろうか? 私はあの人を絶対的に信頼していたのだろうか? 私はあの人に本当はどういった感情を持っていたのだろうか? 塔子は自問自答してみる。

思い出すのは、母の泣き顔だけで、あの人の顔の表情は見えない。平穏無事に見える日々の中で、漆黒の闇は確かにじっと息を潜めていた。家族四人で暮らしていても、まるでそれは悪魔の同居人のように傍におり、面を被って誰からも気付かれずにいた。表だって、それが暴れまわる事はない。わかりやすく現れる悪魔ではなかった。それは常識人として、良き市民として、理想的な家庭人としての隙間、隙間に見え隠れする悪魔だった。それを知るものはどこにもいない。本人自身も気付いてはいなかった。母もきっとわかってはいなかっただろう。大人達がわからないその存在を、幼かった塔子が知る由もない。だが、今ならわかる。その悪魔の正体こそ、モラルハラスメントだったのだ。

いつも、違和感があった。何を話していても、不思議な違和感があったのだ。言葉の隅に、洩らしたため息に、ふとした態度に、その厚かましさ、その残忍さ、その無責任さを垣間見るのだ。しかしそれは巧妙な悪魔で、そう感じるこちら側に罪悪感が生じるように仕掛けてあるのだ。その手口はまるで澄んだ水のような無垢な清らかさで、悪気もなくこちら側の正常さを狂わせるようになっている。

ここでも、連鎖されていたのだ。そんな父の子として育ち、全く同じ資質の男に引っ掛かり、結婚した。男とはそういったもの、という間違った常識がインプットされていたからだ。拭えないほどに染みついていたからだ。その世界しか知らない井の中の蛙だったからだ。母はそのような悪魔に対し、一体何を感じていたのだろう。おそらく塔子と同じように、奇妙な違和感の中で暮らしていたに違いない。積もり積もった違和感はいつしかストレスとなり、はけ口はいつも弱い者へと向かっていたはずだ。父から母へ放たれた黒い煙は、今度は母から塔子へと向かった。それらはごく自然な流れとして、当然のように水面下で行われていた。投げた者も、受け取った者も、無意識の行いであった。誰もその仕組みに気付いてはいなかった。矛先を向ける知恵もなかった塔子だけが、その煤けた煙を一身に浴び、自分が悪いのだという罪悪感のみが溜まっていった。恵まれた環境の中、疑う事すらせず、自己否定という灰が降り積もっていったのだ。

悪魔の連鎖は単純な仕組みだったのだ。そこから逃れたとしても、また新たな悪魔が出現するようになっている。笑顔の影で、優しさの裏で、それは手ぐすねを引いて待ち構えている。父も母も、いつしか塔子の人生から泡が弾けるように消えてしまったが、新たな悪魔はきちんと補充されていたのだ。その存在に、その仕組みに気付いた今、自分はこれからどう生きていくのか。何を捨て、何を選び取り、どの道にハンドルを切ればいいのか。あるいは何も捨てず、何も選び取らず、どの道に進むのか他人任せ運任せにするのか。可能性は無限にある、と塔子は感じた。重いしがらみを脱いで新たなステージへ旅立つのも自分。膝を抱えて縮こまり、悲劇のヒロインだった過去を反芻し続けるのも自分。どの未来を選んでも、自分は自分なのだ。自分は母とは違うのだ。

母は、悪魔に負けたのだ。離婚して、そこから逃れた後も、決して幸せではなかった。一度悪魔にロックオンされると、たとえ逃げ延びても、新たな環境に身を投じても、それはひたひたと背後から忍び寄る。一見わからないが手を変え品を変え、それは必ず現れる。そしてそれに飲み込まる。完全なまでににそれと一体化する。同化して、それそのものになる。半身不随になり、寝たきりの状態で、「私の事、笑えばいいわ。いつかあなたもこうなるのよ」、と悪魔は囁いた。その言葉は呪いとなり、確実に塔子に爪痕を残した。母は死ぬまで自己憐憫から抜け出せなかった。過ぎ去った過去に何の思い入れもないのに、ひたすら受けた酷いダメージから抜け出せずにいた。それはまるで過去の栄光にしがみつく愚か者のように、被害者意識にしがみついたままだった。悪魔は何も外からやってくるだけの外的要因ではない。自らそれを育み生み出す事も出来るのだ。そしてそれとは気付かずにまるで蜘蛛の子を散らすがごとく辺り一面に拡散していくのだ。新たな被害者を、そして被害者意識の芽生えを求めて。悪魔の本望は、犠牲者を出す事よりも、本当はその後の意識を食い散らす事にこそあるのだから。

自分は母とは違う、と塔子は思った。今はまだそこから抜け出せてはいない。だが、この悪魔の増殖の仕組み、そしてそれに打ち勝つ唯一の方法に気付いた気がする。反面教師として、母は必要不可欠な存在だった。ここを通過しなければ、今も尚気付かずにもがいていたかもしれない。父を母を彼を、そして舅や姑を、更に社会や政治や見ず知らずの赤の他人さえ恨んでいたに違いない。否、それがあってもいい。それが通過点として存在するのなら、そういう時期があっても一向に構わないのだ。問題は、その後の自分の意識だ。被害者である自分、という確固とした鉄の鎧を外せるかどうかだ。これを外さない限り、永遠に呪いは解けない。何故なら、そこには悪臭が漂うからだ。自己否定。自己憐憫。そして被害者意識。それらには悪魔にしかわからない独特の匂いが伴っているからだ。悪魔はその匂いが大好きで、どこにいても吸い寄せられる。そしていつしか骨の髄までしゃぶられるのだ。

それは単純な仕組みだ。しかし、理解する事と実行する事はまた別物である。塔子は膝を抱えたまま、じっと深く内省する。こうしていても何も事態は変わらなかったが、傷口を広げて膿を出し切る期間が必要だった。自分が傷付いていた事さえなかった事にしてきた人生のつけを払う時期だった。そうして全てを払い終えた後、搭子は自分が変わらなければと自然とそう思えた。父を許せるか、母を許せるか。そういった感情は越えていた。許さなくてもいい。許せない自分でもいい。ただ、それは仕方のなかった過去として、あるがままを受け入れた。これからの新しい自分にとって、判断はどうでもいいような気がした。親も自分も、ジャッジする必要はないような気がしたのだ。自己批判、他者批判。それらは塔子にはもう何の関係もない代物だった。他人に惑わされず、ただ自分を信じて生きる。四角四面に生きるのではなく、もっと柔軟に、強かに。たとえそれは間違っていると他者から指摘されたとしても、それさえも笑い飛ばし、ねじ伏せてしまうくらいに。信じていた友から受けたモラハラによる二次被害さえ、もうどうでもよい過去として振り切った。掴んで放さないのは幸福だけでいいのであって、後は自分にとって不必要なものとして捨てて行くだけだ。捕らわれないように。悪魔の餌食にならないように。自ら悪魔を生み出さないように。

バスに揺られ、一人母の元へと向かう。永久に眠るその場所で、塔子は誓いを立てるでもなく、花を供えただ手を合わせた。川のせせらぎの心地良い音が微かに聞こえる。合掌する塔子の近くで、遠くで、鳥達のさえずりが聞こえる。さようなら、お母さん。さようなら、かわいそうだった自分。


「母の思い出」全8話・完


「母の思い出」シリーズ



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