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ひとしずく 後書き 14

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今回も、後書きのようなものをやっていきます。

まずは109話目のこちらから→目覚め 1

生まれて初めて、本気で誰かを心底憎んだ主人公は、その初めての感情に振り回されます。しかし、皮肉なもので、それを認識する事によって、新たな世界が広がります。当たり前と受け入れてきた日常が、如何にグロテスクに歪んでいたかを少しずつ知っていきます。

どれだけの長い期間、自分は自分を野ざらしにしてきた事か。どれだけの長い期間、自分は自分を助けようとはしなかったのか。自分で自分を見捨て、蔑ろにし、心ない人達に生贄として捧げてきた事か。それを当たり前の日常だと思い込み、献身こそ美徳とし、何をされても言われても、曖昧に笑って誤魔化し、本当は傷ついているのにそれにも気付かず、気付いた時にもなかった事にして目を逸らし、どす黒い感情に蓋をして隠し、自分の汚い感情を認めずにその痛みに震え、上手く立ち回れない自分を責め、責めて責めて責め続けた毎日だった。

これは↑本文からの抜粋です。そして、こちらも↓

自分が愚かであったと気付いた塔子だったが、そこから次のステップへと進むのは大変困難だった。頭では理解出来ても、心が追い付かないのだ。自己憐憫は甘美で、まるでぬかるみにはまったようになかなか抜け出せるものではなかった。被害者意識は執拗に塔子にまとわりつき、先へ進もうとする足にしがみついて放さないのだった。雁字搦めの状況に、今まで以上に苦しむ事になった。自己批判、未来への展望、自責の念、被害者意識、他者への怒り、真実を知った安堵感、深い悲しみ、自分への怒り……それらは目まぐるしくクルクルと数秒毎に入れ替わり、塔子を混乱の渦に陥れた。それでも、今までとは何かが違った。サンドバッグを止めようと決めた時点で、何かピカピカ光る新しいものが、塔子の心の中に生まれたのだ。それはまだか弱く、未熟で、今にも消えてしまいそうなものだったが、不安な夜には道しるべとなり、ほんの少しの勇気を与え、涙の後にも立ち上がる希望を与えるものだった。人によってはそれを自己と呼ぶのか、プライドと呼ぶのか、塔子にはわからなかったが、その新しく芽生えた何か、その何かを大切にしよう、灯を消さずに守っていこう、と思った。

目覚めシリーズからは、こういったようなダラダラと長い文章が続きます苦笑。下書きなしのぶっつけ本番で書いていたせいです。そもそも目覚めというカテゴリをやるかやらないかをずっと考えながら書いていまして、やはりいきなりラストに飛ぶよりそこに行き着くまでの過程を書いた方がいいのかな……と思い、結局やる事にしたシリーズなのです。これまでも何度か書いた記憶があるのですが、細かいディティールは抜きにして、ラストはだいたい最初からこういう風に終わろう、と決めていました。世代交代的なニュアンスと言いますか、下から見上げていた視点を今度は逆の視点から問題を見直す、という感じで終わりたかったのです。それをしないと、いつまでもこの主人公、子供の立場から脱出出来ないと思うので。

しかしながら、この目覚め 1 に繋がった一連の動機……主人公の母親の死、主人公の配偶者のモラハラ、主人公の義理の両親からの小さく積み重なる嫌がらせ行為……などが目覚めるきっかけとして登場していたのですが、最終的に主人公を後押ししたのは、義理の親からの嫌がらせっていうのがね笑。物語を進める上での動機付けとしてはちょっと弱いかな~~とは思います。しかし、それにも一応理由があり、主人公は元々目上(本当の両親)への不信感を持っていたからこそ、それが一番のきっかけとなっているのです。 

そして次に→目覚め 2

昼間は日常をなんとかこなしますが、夜になると惨めに泣くという毎日を、主人公は繰り返します。死んでしまった母親を思っての涙は一滴も出ないのに、自らの不運や先行きの見えない未来への不安などから涙が流れるのです。つまり、この人は、故人を偲ぶ暇もないほど、次々と厄介事に見舞われていると同時に、突き詰めれば自分の事も他人の事も、何も見えてはいないのです。

主人公のこういう一見冷たいような、悲劇のヒロイン的な態度は如何なものか……とちょっと思いながら書いていました。しかしながら、最後には絶対この主人公を成長させよう! と決めていたので、まぁそんなにイラつく事もなく、そこまで辿り着くまでの通過点、というイメージで書いていました。

この物語では最後、主人公が今まで旦那から受けてきた数々の奇妙な行動や暴言が、モラルハラスメントであった、とやっと気付くところで終わっています。
この物語が始まって、実に110話目(!)で、やっと主人公はモラハラに気付くのです。遅いですね、展開が笑。

このお話も、内容が気付きに特化していたからなのか、珍しくアクセス数が多かったです。

お次は→目覚め 3

こちらは、モラルハラスメント、別居、その後の話し合い、などを詰め込んだ内容です。最初の方は、モラハラについての説明? みたいな感じになっているのですが……例えがね……汚かったかな、と笑。言わんとする事を排泄物で表現しているので、読むの無理……汚すぎる……と思われたかもしれない。なんだろう、そういうこちら側の表現的な汚さ、登場人物の人間的な汚さも含めて、汚さあってこその物語だと思って頂けたら幸いなのですが。

逃げるが勝ちのモラルハラスメントで、主人公は逃げる道を選びませんでした。誰が見ても馬鹿な決断をするのです。主人公は追い出した旦那にわざわざ会いに行き、わざわざこれまでの経緯を書いた書類を彼に渡し、それを読んでから離婚するかしないか考えるようにと言います。……子供っぽい行いというか……何をしているんだ、この人は、って思われるような事をしています。どうしてこの人はこんな馬鹿な事をするんだろう……? と書き手の自分ですら、不思議な気持ちになります。
察するに、この主人公の奥底には承認欲求があるのではないかと思うのです。そこが満たされていないが故のこの奇妙な行動なのではないかと思うのです。この承認欲求は、おそらく主人公が旦那と出会う以前から持ち合わせていた欲求だと思うので、そこを別居中の旦那に押し付けたところで根本的な解決には至らないのではないか、と書き手としては思うのですが。

本当の問題は、相手側にあるのではない(もちろん、相手側にも多大なる問題はあるのですが)、と主人公が気付くのは、まだ先の話です。

そして今度は→豚に真珠です。

なんという、お粗末な題……。身も蓋もない笑。一話読み切りです。

主人公が15歳の時、単身赴任から戻って来ている父親と母親が、二人でデパートに出掛けていきます。父方の祖母が、いつも世話になっているお礼に、これで真珠のネックレスでも買っておいで、といくらかを包んで持たせたためです。
ところが、二人は思いの外、早々と帰宅します。二人の険悪な空気に、主人公が訳を尋ねると……。

特に意味もなく箸休め的な意味合いで書いたものです。特に記す事はないですね。

主人公の幼さ? は、この両親あってこそのものなのかな? と感じます。むしろ、主人公より、その両親の方が何倍も幼児性が強いのですが。

そして次に→目覚め 4

これは自己責任という内容で書いたものです。もちろん、モラハラは立ち向かわなくてもよい事柄でありますが、別れを選ばなかった主人公は、必然的にモラハラやそれに伴う自己責任と向かい合わなければならなくなります。

謝ってきた旦那を許し、再び同居が始まりますが、以前のような奴隷生活にはキッパリ別れを告げている主人公は、共に暮らす旦那をまるで子供が昆虫観察をするような目で眺めています。そこには希望もなければ期待もなく、ただそれがどう成長していくのかを見ているだけです。仮に成長があったとしてもなかったとしても、この人には関係のない話で、ただ眺めているだけなのです。この主人公が一番立ち向かって行かねばならないものは、旦那でもなければモラルハラスメントでもなく、自分自身である事に気付き始めているのです。

……と、こう書いてしまったら、まるで被害者自身に問題があるかのようで誤解を生みそうですが、おそらく大多数のモラハラ被害者には何の罪もないと思います。それは大前提としてあるのですが、ここで言いたかったのは、それを踏まえてもう一歩先の段階、何故時代が変わっても、人が変わっても、環境が変わっても、全く同じような状況を繰り返すのか、という根本的な部分に後々触れたいがために、その序章的な意味合いで自己責任という敢えて誤解を生みそうなテーマを持ってきた次第です。

被害者を責めているわけではなく、もちろん何の罪もないのですが……逃げたとしても逃げなかったとしても、どちらの道を選んだとしても選ばなかったとしても、等しく通らなければならない障害があり、そこを見て見ぬふりして迂回したならば、その後の人生で何度も同じ障害にぶつかる事になる……というニュアンスの自己責任なのですが、このお話ではまだ主人公はそれに気付いてはいません。まだ、原因は内ではなく外にあると思っているところから、無駄に傷付いたり、原因だと勝手に思い込んでいる義理の両親と対決しようとしています。

そして次に→目覚め 5です。

主人公は義理の両親の元へ向かい、事実をありのままに話します。表面上ではお互いに和解しますが、結局彼の父親の歪んだ物の見方は変わるはずもなく、主人公は新たな苦しみを背負う事になります。垣間見た、舅の被害者意識は、主人公にその存在の薄っぺらな事を、無価値で醜悪極まりない事を気付かせます。他人を通して、己の汚さを知るのです。自分も全く同じであると気付くきっかけとなるのです。

ここでのテーマは被害者意識ですが、他にも二つテーマがあって、それは恥と恐れの克服というものです。自己愛の育っていない主人公にとって、死はさほど恐れる存在ではなく、それを上回る恐怖の存在として登場させているのが恥というちっぽけで厄介な感情です。愚かな主人公は、死よりも恥を恐れているのです。他人(ここでは主人公の両親も含みます)からの評価こそ全てであり、そのために尽くしてきた主人公が、それは恐怖に値しないくだらない感情だとやっと気が付く……という内容も含んでいます。恥や恐れの感情から逃れるために自己犠牲的な生き方をしてきた主人公ですが、それがいかに愚かであったかと徐々にわかってくるのです。恐怖心、恥、という自分を取り巻いていた余計なものを克服した主人公ですが、自己を憐れむ気持ちはまだ根深く残っています。

今回のラストは→母の思い出 7

母の思い出と謳っておきながら、主人公の母親は登場せず笑。主人公の心の描写的なものが延々と続きます。

何故、他の人と自分とはこんなに状況が違ってしまったのか。それを記憶を遡って考えていく内容です。芋だとか、糸だとか、妙に例え話の多い話です。

何かにきつく縛られながら生きてきた主人公は、自分を縛っていた無数の糸のうちの一本が偶然切れた事から、いかに自分がたくさんの糸で雁字搦めになり、身動きも取れず息苦しく生きていたかを知る事になります。もちろん、切れた一本の糸とは母親との関係性を表しています。母親の死によって、自分を取り巻いていた状況をやっと理解するのです。

主人公は、当たり前の事として流してきたこれまでの人生の振り返り、記憶の掘り起こしを始めます。腐った芋(要らない記憶)を捨てる作業を行います。この主人公のしている事は、モラルハラスメントを行う旦那と出会うよりもっと前に築いていた他の人との人間関係の掘り起こしなのだと思います。つまり、この主人公はもうこの時点で本当に向き合わなければならないもの、乗り越えなければならないものの存在に薄々気付き始めているのだと思います。外ではなく、内に内に焦点を合わせていく中で、主人公はある人物の存在が自分の息苦しい生き方そのものに大きくかかわっていた事に気付きます。

では、今回はここまで。


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ひとしずく 後書き 13

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今回も、後書きの続きです。

まずは、記念すべき? 100話目のお話から→母の入院生活 33

リハビリ専門病院を退院し、主人公は母親と共に新しい病院へと向かいます。今までの近距離移動とは違い、今回は長旅です。介護タクシーの運転手は同世代の30代の男で、車内では賑やかに会話が弾みます。主人公はその人と話をしながら、自分はもうどのくらい長い間、こうして誰かと屈託なく話していなかったのだろう、と考えます。いつも誰かの顔色を伺い、これを口にすれば怒られるだろうか、これを言えば責められるだろうかと思案しながら会話をしていた自分にふと気付くのです。
到着すると、担当の徳井が現れ、病室に案内されます。ロビーから病室まではとても遠く、そこは認知症専門の病室もあるため、途中で何度もドアのロックを要求されます。何度も開け閉めを繰り返し、ようやく主人公は母親の入院する病室へとたどり着きますが、あまりの広さに道を覚えられず、次回来る時に迷わずここまで来られるのかと不安になります。

そしてお次は→万華鏡です。

これは一話読み切りで、しばらく母の入院生活シリーズが続いた事から箸休め的な感じで書いたものだったのですが、この回が意外にも? 一番アクセス数が多かった物語です。なんとなくネタが浮かび、なんとなく書いた話なのですが、本編より受けが良かった? ようです。何故だろう……。案外、作り込まない方がいいのかもしれませんね。

主人公の幼い頃のおはなしです。ある日、母親の提案で、主人公達は近くの山にハイキングに出掛けます。観光地である事から名産品や銘菓や古い玩具などを売る露店が並んでいます。主人公はそこで、母親から万華鏡を買ってもらいます。初めて万華鏡を手にした感動と、買ってあげようか?と優しく母親に言われた嬉しさから、主人公は楽しい気持ちで山を登ります。途中、川辺で休憩に入ると、母親は主人公の好きな物をいっぱい詰めたお弁当を広げてくれます。お腹が満たされ、気持ちも満たされ、主人公は完璧な幸せを感じたその日をいつまでも忘れる事が出来ません。
三週間後、主人公はもう一度山へ行こうと母親を誘いますが、母親は乗り気ではありません。それでもしつこく誘うと、渋々母親は承知します。三週間の間に山の景色は様変わりしており、冷たい北風が吹き、観光客の姿も消えています。主人公達は黙々と山を登ります。誰も楽しんではおらず、急に出掛けた事からお弁当もありません。母親は振り返る事なく、ただ前を向いて登って行きます。母親の背中を見つめながら、主人公はやっとある事に気付きます。完璧であった一日。完璧に幸せであったあの一日は、二度とは戻らないのだと。幸せは繰り返すものではなく、思いとして留めておくものだと初めて知るのです。

そして→母の入院生活 34です。

色々なシリーズがありましたが、これほど長く続いたシリーズはありませんでした。母の入院生活シリーズ、この回にて完結しています。全34話です。

新しい病院へ着いた主人公は、担当医や看護師などと共に母親の会議に入ります。途中、詰所から呼ばれ、電話が入っていると告げられます。出てみると、電話の主はあの前病院で母親の担当であった、例の人見知りの看護師でした。もう退院したにもかかわらず、いつものように面と向かっては言えない連絡事項を、彼女は新しい病院にまで電話で追いかけてきて告げます。薄気味悪く感じた主人公とは対照的に、相手は淡々と薬の説明を始めます。ちゃんと聞いていますか? しっかりメモを取っていますか? などともう意味のなくなった事柄を延々と呟く彼女に、主人公は気持ちの悪さと共に、彼女が本当に欲しているものをなんとなく感じ取るのです。主人公がその言葉を告げると、相手はやっと満たされたのか、それからは二度とストーカーまがいの嫌がらせ行為をする事はなくなります。

人って、いくつくらいまで承認欲求があるんですかね? この人は主人公と同じ30代設定なので、まだまだあって当たり前? なのでしょうが、物語とは別に実際の人生でその欲望を持ち続けるのってだいたいいくつくらいまでなのかな、と時々考えたりするのです。年配の方が書いた本とかそういうのを読んでいても、まだまだ持ってるなー。と感じる部分が多々出てくるように思うので、これって一生持ち続ける人が大多数なんでしょうかね? 

この「ひとしずく」という小説は、「被害者意識の克服」がテーマだと何度か申し上げましたが、実は密かに「承認欲求からの脱却」という裏面的なテーマもありました。こう書くと、まるで承認欲求が悪いかのような感じですが。善悪の判断はさておき、自分以外の誰かから認められたい、とか、愛されたい、とか、自分で物事が決められないから判断基準として誰かに傍にいて欲しい、とか、こんなに頑張っている自分を他の誰かに知らしめたい、とか、親や友達や、とにかく誰でもいいのでチヤホヤしてもらわないと生きている価値が見出せない、とか。それら全てをひっくるめての承認欲求という意味合いなのですが、そういう生理的な欲求って生きていく上で本当に必要なのか否かっていうのをずっと考えながら書いていた時期でして。死ぬまでそれを抱えながら生きていくのか否かって。それはそんなに大事なものなのか否かって。後に始まる目覚めシリーズでは、そういった承認欲求との戦いもチラホラ登場します。この前病院の担当看護師の存在は、そういった意味で主人公がこれから進んでいかなければならない道筋を示してくれている水先案内人のような役割をしています。

次に→根なし草 5

こちらは根なし草シリーズの続きですが、かなり長い間が空いて(二年ほど)やっと続きを書き始めた作品です。前回で母親の墓地の契約に向かった主人公ですが、その直後に母親危篤の連絡が入ります。数日間、眠れぬ夜を過ごしていた主人公が、やっとの思いで眠りにつき、黒い犬が死ぬ不思議な夢を見ている最中にその知らせはやってきます。

主人公の旦那は危篤と聞いても、やはり自ら動こうとはしません。いつもより三時間も四時間も早い時間であるにもかかわらず、普通に仕事に行くと言って出掛けようとします。主人公は慌てて彼を引き留め、子供達の居場所の確保をお願いします。主人公の旦那は自分の実家に連れていってやるから早く子供達を起こして荷物の用意をしろ、と主人公に告げます。主人公は慌ててそれに従います。誰もいなくなった家で、主人公はやっと弟に連絡を取り、共に母親の病院へ向かいます。

そして→根なし草 6

二時間かかって到着した主人公は、既に母親が亡くなった事を知ります。部屋に入ろうとする主人公の足は何故かうまく動かず、ぎこちないまま母親の元へ向かいます。顔を覆った白い布を除けると、主人公の中で理性を越えた何かがせり上がり、思わず叫び出しそうになりますが、冷静な弟の惚けた発言で、それは上手い具合に回避されます。

やがて、弟の奥さんが現れます。彼女は主人公の身を案じて、何か食べる物を探してきます、と言って席を外します。山の中で店などどこにもない事を知っている主人公の弟は、その後を追います。とうとう、主人公は母親と二人きりになります。部屋の中には生きている者が一人、そして死んだ者が一人います。主人公は静かに死んだ母親に語り始めます。

そして今度も→根なし草 7です。

葬儀社の手配をし、彼らが迎えにやって来ると、主人公は数年母親が入院していた病院を後にします。小さな会館に着くと、主人公はこれから行わなければならない細々とした事柄を確認し、書類に記入し、金額を納め、火葬の日付の確認をします。伯母(母親の姉)に連絡を取ると、暫くして伯父を伴って現れますが、彼女は相変わらず浮世離れしていて、主人公と話が噛み合いません。伯母が帰る頃、ちょうど入れ替わりに主人公の旦那が現れます。

「なんだ、元気そうじゃん」、「泣いてないじゃん」と、主人公の顔を見るなり軽口を叩く旦那に対して、主人公は一つのステージが死というものによって終わり、新たな戦いのステージの幕が開いた事を知るのです。

そしてまたまた→根なし草 8

火葬当日、喪服を着た主人公と旦那、子供達は車に乗って火葬場に向かいます。二時間間が空く事から、主人公は自分の家で休憩しようと提案します。弟夫婦は子供達を気兼ねなく遊ばせてやれると喜びますが、何故か主人公の旦那は不機嫌になります。家に向かう道中も無言で、着いてからもずっと不機嫌な態度を押し通します。主人公と主人公の弟とその奥さんは、いつもの事だと割り切って三人でお茶を始めます。再び火葬場へ向かう際も、主人公の旦那はずっと無言です。

御棺が出され、開かれると、そこには骨になった母親の姿が現れます。主人公はお骨を拾いながら、子供達に喉仏を見せて説明します。そしていつかの遠い昔、自分が自分の母親から聞いた話だった事をふとその時思い出すのです。

そしてこちらも→根なし草 9です。

箱の中で小さくなってしまった母親を連れて、主人公は生前に見つけておいた墓地へと向かいます。事前に連絡を入れておいたので、到着してからはスムーズに事が運びます。逆にスムーズ過ぎて、あっけなく感じるくらいです。なんとなくそこから離れがたく思う主人公ですが、主人公の旦那はそんな気持ちを察する事はなく、早く帰ろうと主人公を急かします。家に着いてからも、主人公の旦那はまるで日常のように気ままに振舞います。テレビを観て、大声で笑っています。その瞬間、何かが主人公の中で弾け、もうこの人と一緒に暮らしていく事は出来ないと悟ります。主人公は急かされるまま夕食の準備をしていた手を止め、出て行って、と叫びます。たがが外れたように主人公は猛烈な怒りを旦那にぶつけます。気持ちは激昂していますが、意外にも頭の中は冷静です。相手は突然の主人公の豹変に驚いた顔をし、みるみる意気消沈していき、反撃に出る事もなく、悲壮感をたっぷり漂わせて近所にある自分の実家へと帰って行きます。

旦那が去ってしまった後、主人公は激しく泣き崩れます。それは彼に対しての愛情や未練などからではなく、ただただ自己憐憫からやって来る涙です。ずっと欲しかったものが結局得られなかった事に対して、嘆き悲しんでいるのです。

この物語は、事なかれ主義である事から、いつも誰かの言い成りであった主人公が、初めて反撃に出る内容となっています。主人公は初めて自分の思っている事を口にし、一歩前進する代わりに、孤独という新たなプレゼントを手にします。

そして今回のラストは→根なし草 10

辛く重苦しい日々を、主人公は二人の子供達と三人で過ごします。どれだけ辛く苦しくても、日常は相変わらずやってきます。主人公は三人での生活を、違和感を感じながらも淡々と暮らしていきます。
ある日、子供達がおじいちゃん、おばあちゃんの家に遊びに行きたい、と言い出します。主人公はその言葉に傷つきますが、子供に罪はないと思い、大人らしくおおらかな気持ちを無理矢理に繕って二人を遊びに行かせます。ところが夜になっても二人は帰っては来ません。主人公の旦那から電話が入り、今夜はこちらで泊まらせるから、と言われます。主人公は誰もいなくなってしまったがらんどうの家で、一人眠ります。
翌日、二人は帰ってきますが、明らかに様子がおかしいので問うてみると、幼い二人はおじいちゃん、おばあちゃん、そして父親から、お母さんは悪い人間だから信用してはいけないと言われた、と渋々答えます。子供達の手前、主人公は適当に取り繕いますが、子供達が寝静まった後、体の奥底から沸々と怒りが沸き起こるのを感じます。それは、今までに味わった事のないほどの怒りで、それが上手い具合に機動力になり、主人公はようやく長い長い眠りから目覚めるのです。

根なし草シリーズ、全10話でこの回で完結しています。

では、今回はここまで。


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ひとしずく 後書き 12

今回も、後書きです。

まずは、91話目のこちら→母の思い出 6から。

これは、単発ばかり書いているシリーズにしては珍しく、前回(母の思い出 5)の続きものになっています。主人公の家に引き取られたひいおばあちゃんのその後のお話です。ひいおばあちゃんが亡くなり、小さな子供であった主人公が、火葬場で過ごした体験を書いています。特にこれといった内容ではないのですが、本文の中で主人公の母親が主人公に教える一言が、この後の物語の中でもう一度時代や立場を変えて出現するように書いています。
そう。この時点ではまだまだ先の話ですが、主人公にひいおばあちゃんの喉仏を見せて教えてくれた母親の喉仏を、今度は主人公が子供達に見せ、同じ言葉を繰り返す事になるのです。

次に→母の入院生活 26

最後の望みをかけ、市営の老健へ母親を連れて面談へ出向いた主人公は、担当の40~50代くらいの中年女性から人を馬鹿にしたような態度を取られ、冷たい言葉も次々に投げかけられます。主人公は徐々に意気消沈し、やがて猛烈な怒りが沸々と湧き出します。その矛先はその中年女性に対してではなく、面談の最中に疲れて車椅子の中で眠ってしまった母親に対して向けられます。思考は飛躍し、こうして自分が毎日忙しく辛い思いをしているのも、配偶者から冷たくあしらわれるのも、全ての元凶は50代で要介護5になってしまったこの母親のせいだと思いつめます。
主人公は相当根深い被害者意識の中で悶え苦しみますが、まだこの時点では主人公自身がその感情をオンにして自らその中に入り、愚かにも自分で自分の首を絞めている事に、まだ気付いてはいません。

そしてお次は→まだ早すぎる 2です。

これは、一話読み切りですが、以前にも同じ題で全く違う内容を書いていましたので、2を付けさせてもらいました。2となっていますが、別に前回(まだ早すぎる第18話)の続きではありません。

一人目を生んだ主人公は、舅や姑に、「早く二人目を」、「三人は生んでもらわねば困る」、などと言いたい放題言われていますが、特に気にする事はありません。初めての育児で余裕がなく、他に考えなければならない事は山ほどあり、舅達の発言にいちいち気に病む暇すらない状態なのです。それでも、心のどこかでは引っ掛かるものはずっとあるのです。
そんな中、主人公はある日二人目を身籠ります。一人目同様、主人公の配偶者は安定期を待たずしてまたもや自分の親達にそれを報告してしまいます。何が何でも失敗は許されない状態に持っていかれた主人公は腸の煮えくり返る思いをしますが、舅らの望みを無事叶えてやったという安堵感や満足感も多少はあるので彼の二度目の愚行にも目をつぶります。

ところが、二人目が出来た事を知るや否や、舅達は「まだ早すぎる」と主人公に告げます。あれほど二人目を、三人は生んでほしい、と会う度に言われていた事から、主人公にはその発言の真意がわかりません。何故、そんな言葉を言われなければならないのか、全く理解が出来ません。失敗をしてしまった者を諭すような舅や姑や義姉の振る舞いや口ぶりに、主人公は唖然とするのです。

そして今度は→母の入院生活 27

もう幾度となく面談を受け続けた主人公は、最後の面談を終え、返事を待っています。いつも、その返事の事ばかり考えてしまう主人公ですが、時折ふとそれを忘れる瞬間があります。味噌をといている時。小1の沙耶のテストを見ている時。悩み事がすっかり頭から抜け落ちてしまっているそんな瞬間を、主人公は恐れます。後で思い出した時に辛くなるくらいなら、いっそ四六時中その悩みと共存していた方がマシだと思っているのです。

ある日、主人公は母親の暮らすリハビリ専門病院に急ぎの書類などを持って出向きます。しかし、主人公の母親はどこにもいません。詰所で訊ねると、今カウンセリング中です、と告げられます。印鑑を借り、当日中に出さねばならない書類を預かっている事から、主人公は中に入って構わないかと訊ねますが、身内に訊かれたくはない内容を話しているかもしれないので、お身内こそ絶対に入ってはならない、と言われます。昼から海斗の幼稚園の参観日である事から、主人公は諦めて帰宅する事にします。

自転車に乗りながら、主人公の目から涙がどんどん溢れ出します。50代でも耳の聞こえが悪くなってしまった母親と、一体どんなカウンセリングをしているというのか。これだけ自分を犠牲にして全てを捧げているのにもかかわらず、影で母親はまだまだ努力の足りないところを重箱の隅をつつくように延々とカウンセラーに告げ口しているというのか。毎日医師や看護師やリハビリ専門医に取り囲まれて何不自由なく暮らしているというのに、一体何が不満でカウンセリングを受けるような行為などするのか。本当にカウンセリングが必要なのは、母親と違ってたくさんの人達に庇護されていない自分であるはずなのに。全てを背負わされ、放置されたままの自分の方であるのに……と情けない思いを噛みしめながら、自転車のペダルをこぐのです。

そして→母の入院生活 28

とうとう最後の望みの綱も断たれた主人公は、案外すぐに立ち直ります。受かったところで、あの意地悪な担当者と日々顔を合わせなければならないかと思うと、いっそ二度と会わないでいられる方がまだマシだと思うのです。
三か月で転院と言われていたのに、既に入院期間が三か月を過ぎてしまった事から、主人公はいつもコソコソと人目につかないように母の病院へと通います。
ある日、ソーシャルワーカーの上田に呼ばれ、老健ではなく遠くの病院だが要介護5の人や認知症の人を受け入れているところがあるから行ってみないか、と言われます。それは相当遠く、他県で山深い田舎である事から、主人公はちょっと躊躇します。そこはうちから行った事がないから、もし塔子さんがそこを通ればうちとしてもパイプが繋がるから助かる、と上田は本音を語ります。主人公はそこにアポを取ってみようと思い始めます。

そしてお次も→母の入院生活 29です。

ソーシャルワーカーの上田に紹介してもらった県外の病院へと、主人公は面談へと出向きます。この回は特にこれといった内容はありません。ブーツをはいていても冷たさでジンジンと痛む爪先。何もない田舎駅の物悲しいロータリー。ポツンと一軒だけある寂れた商店。強い北風にはためく幟など、とにかく主人公が遠くに来てしまった事、そして心の芯まで凍てついている事を表しているだけの内容です。

三年前の夏に書いていたのですが、真逆の季節を想像しながら書いていましたね。

そしてまたまた→母の入院生活 30

主人公はバスに揺られ、辺り一面山ばかりの、山しかない僻地の病院に辿り着きます。今までに出向いたどの施設よりとても広く、広いのに人がまばらな事から閑散として見えます。ロビーには大きなソファがたくさん置かれていても、誰もそこに腰掛けている者はいません。
やがて、名前を呼ばれた主人公は、担当者と相談室へ向かいます。同じ年頃の若い相談員の男はおとなしく、無口なタイプに見えます。話が終わると、担当の相談員は今、ベッドに空きがない。空き次第、来て頂こうと思っています、とサラリと主人公に告げます。唐突にサラッと告げられたので、主人公は一瞬、何を言われているのかわかりません。母親の入院が決まったという事実確認をするため、主人公はしばらく質問を繰り返します。やがて、それが本当の事だと、そして本人を連れてもう一度やって来る必要もない事を認識すると、主人公の胸にやっと安堵感が広がります。

しかし、喜びも束の間、相談員は次の行き先について話始めます。どこか次の行き先は決まっていますか? と訊ねられ、そんなものがあるはずもない主人公は、いつもと違って急に口が回り始め、ありません。ないので逆に紹介してください。紹介してくださったなら、自分はそこに面談に出向きます、と切り返します。いつも誰かの指示待ちで人生に流されているだけの主人公が、珍しくハッキリと自分の意見を口にします。

そして今回も→母の入院生活 31

体調は悪くても、次の行き先が決まった事で、主人公に心のゆとりが生まれます。コソコソと母の待つ病院へと出向かなくてもよいだけ精神的に安定します。
主人公の母親の担当看護師は相変わらず人見知りなのか、主人公がいる時には何も喋ろうとせず、主人公が帰宅すると決まって電話を掛けて来て必要な物や大事な内容の話を切り出します。二度手間、三度手間になる事から、彼女のそういった態度に毎日イライラしていた主人公ですが、母親を預かってもらっている身である事からいつも我慢をしています。

そんなある日、主人公は高熱を出します。いつも熱を出している主人公ですが、今度ばかりは高熱が続き、引く事がありません。いつも放りっぱなし、見てみぬふりの主人公の旦那も、さすがにおかしいと思ったのか、子供達を自分の実家へと連れて行き、主人公を病院へと連れて行きます。しかし、数日後に出た検査結果は、どこにも悪いところはないのです。

熱が引かないまま寝込んでいるそんな時、主人公の元に一本の電話が入ります。出てみると、母の入院先の担当の看護師からで、主人公は受話器越しに猛烈に批判されます。四日も来て頂けていませんが、どういう事ですか。洗濯物が業者から帰って来たまま放置されていますが、これはこちらで開けろという意味ですか。ティッシュが空ですがどういう事ですか……等、母親担当の看護師から責められ、あまりの内容の陳腐さと高熱が相まって、主人公は思わず笑ってしまいます。そして苛立ちや諦めの感情から、全部私が自分でやるので置いておいていいですよー、と半ば小馬鹿にしたように相手に告げます。電話を切った後、さて、どうしよう、と主人公は悩みます。啖呵を切ったものの、とても出ていける状態ではない事から、主人公は渋々携帯に手を伸ばします。

そしてラストは→母の入院生活 32です。

主人公は嫌々ながら、自分の夫に電話を掛けます。今までどれだけ大変でも全部自分一人で乗り越えてきた事を、誰にも擦り付けたり頼ったりなどしなかった事を自負している主人公にとって、その行為は大変な苦痛を伴うものです。意外にも主人公の旦那は行く気になりますが、たとえ断られていたとしても行ってもらえたとしても、主人公にとっては苦痛でしかないのです。それは千あった様々な苦労の内、たった1か2をしてもらっても、してもらった内には入らないどころか、逆に後々あれをしてやった、これをしてやった、と小さな事柄で鬼の首を取ったように振舞われる事が目に見えているからです。

調子が徐々に戻る頃、転院先からやっとベッドの確保が出来たとの連絡が入ります。転院当日、医師や看護師達やソーシャルワーカーの上田が見送る中、そこにはおそらく非番であろう担当の看護師はいません。主人公は何度も礼を言い、手を振って新天地へと旅立ちます。

では、今回はここまで。



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ひとしずく 後書き 11

今回も後書きを書いていきます。

まずは82話目のこちらから→母の入院生活 21

最初は本人同伴の面談で落ち、二度目は面談もされる事なく書類選考で落ちてしまった主人公は、三度面談に臨みます。駅前の便利な立地にあるその老健は、創設が古く、陰鬱な雰囲気が漂っています。担当の職員は主人公より少し年上の女性で、親切に案内してくれますが、人手不足のため慌ただしい面談となります。次の面談はお母さんを連れて来て下さいと言われますが、忙しい彼女と主人公の空いている日程を調整するのに一苦労します。

そしてお次は→嵐の夜です。

これは、新しい家に引っ越しをした主人公一家が、台風に襲われる内容です。
特に被害もないのですが、主人公にとって真の敵は台風ではなく、夫であった、という内容です笑。
……まぁ、気が小さく子供よりも子供らしい? 主人公の旦那にとっては、自然の脅威は恐ろしい存在のようで。まぁ誰だってそうでしょうが、この人の場合は誰にも当たる事が出来ないフラストレーションとの戦いの方が大変なのね。自分の中で。最後、主人公はちょっと反省したりしているのですが、私には意味不明ですね。そこ、反省するところじゃない、と思う。
このお話は一話読み切りで、これで完結しています。

そして→母の入院生活 22

母親の入院しているリハビリテーション専門病院で、主人公は様々な事柄から逃げ回るようになります。お母さんと一緒にリハビリをしていきませんか~? と同じ歳くらいのリハビリ担当者から勧められたり、会議が終わって帰ろうとする主人公に、今から講習会があるのであなたも参加してください、と看護師長から声をかけられたりします。しかし、主人公は申し訳ない気持ちでいっぱいながらも、自分に出来る事は必要最小限にとどめ、無理な事は切り捨てていきます。そうやって主人公は出来る事と出来ない事の線引きをしていきますが、心の中では誰かの期待を裏切っているような嫌な気分を感じているのです(この主人公は自分と他者との境界線が曖昧、というポジションで書いています)。

そんな日常の中、先日出向いた老健の二度目の面談の日がやって来ます。担当者は前回と同じ女性で、彼女は必死になって主人公の母親の動かない体を親身になって動かそうとします。バーに摑まらせて一瞬だけ立っただけでも、彼女は大袈裟なまでに主人公の母親を褒めます。彼女の一生懸命な姿に、もう二度と元には戻らない体である事を知っている主人公は、徐々に申し訳ない気持ちになってくるのです。彼女の純粋さに心を打たれると同時に、ひどく惨めな気持ちにもなっていくのです。

次に→素晴らしい人格者(からくり 3)

これは、なかなか内容が思い浮かばず、結局このお話を最後にフェードアウトしてしまったからくりシリーズの最終話です。案の定、こちらも全くからくれていません。主人公の舅のお話です。うん……なんてことはない、どうでもよい内容です笑。

主人公の義父の頭の中は、ある意味単純に出来ていて、自分の息子はとても優しい子供だった→嫁と結婚してから息子が自分に冷たくなったような気がする→息子が冷たくなったのはあの嫁が原因だ!→これは一言あの憎き嫁に文句を言ってやらねばならん!、という子供じみた思考回路なキャラで笑。小学生男子くらいのレベルなんですよね、設定が。主人公にしてみれば、義父の思考回路があまりに幼すぎて「……」なわけですが、本人は自分の事を立派な人格者だと思っているのでそういう態度で主人公に接してくるわけです。主人公はたまったもんじゃないだろうな、と思います。本人(義父)が思い描いている自分のイメージと、実際の本人との間には大きなズレが生じていて、それに本人は全く気が付いていないけれど、他人だけはそれに気が付いていて、見ていてなんだか恥ずかしいような、哀れな気持ちになる……という内容です。

お次は→母の入院生活 23です。

これは、究極? にドロドロした内容です。私の書いたこの「ひとしずく」という話は普段は秘められている薄汚い人間の感情をわざと露わにしている内容が多いのですが、これはその中でも結構ひどい状態でドロドロしています。

この小説全体のテーマが「被害者意識との戦い」であるのですが、これはそのスタートラインというか、主人公がようやく自分の中にあるその汚い感情に気付く内容となっています。ただし、それを認める事も、乗り越える事もこの時点では一切していません。ただただその意識に気付き、その中で溺れているだけの内容です。
主人公、滅茶苦茶嫌な人間です。滅茶苦茶卑屈です。

そして→空想

こんな題名をつけてしまったら、あたかも主人公が何かを空想しているようですが、内容はそんなふわっとしたものではなく、いつも通りの暗さ? 惨めさ? 歯がゆさ? 満載の内容です。特に記す事もなく。
卑屈な義父と卑屈な主人公の卑屈対決とでも申しましょうか。どちらも同じ穴のムジナっぽい匂いのする内容です。

今度は→母の入院生活 24です。

前回の母の入院生活 23くらいから、徐々に被害者意識に陥っている主人公が、益々追い詰められていく内容です。仕事、育児、病院通い、次の病院探しとフル稼働の中、体調はどんどん悪くなり、主人公の旦那のモラハラもどんどん強くなっていきます。あれもしなければ、これもしなければ、と逃げる事の出来ない事柄に雁字搦めになり、主人公はとうとう周囲の人間全てが煩わしくなっていきます。母親も旦那も病院関係者もママ友も煩わしいのです。自分の愛する子供達すら煩わしいのです。
眠りにつく際、主人公は何故朝になると目覚めてしまうのか、と一人こっそり嘆きます。求めてくるたくさんの手から逃げきって、永遠に眠ってしまいたいと思っています。

次に→母の思い出 5

これは、主人公の幼い頃のお話です。主人公のひいおばあちゃんが主人公の自宅に引き取られてやってくる……という内容です。主人公が客観的にみた介護の内容であったり、世代を越えた母子関係があったり。世代を越えた兄妹、姉妹関係があったり、世代を越えた伯母と親との関係があったり……。
身内内での大人の複雑な人間関係を幼い子供である主人公が体験するお話です。
ちょっと登場人物が多過ぎてわかりにくいかも、と思いながら書いていました。書いている本人がわかりにくかったから笑。

今回のラストは→母の入院生活 25です。

何度も何度も面談に落ちていった主人公は、結局ソーシャルワーカーの上田からもらったパンフレットが最後の一枚になってしまいます。主人公はとうとうその最後の老健にアポを取り、面談に向かいます。そこは初めての市営で、家から近場な事から、主人公は気負わず向かう事が出来ます。

内容とは全く関係ないのですが、老健に入るにはどんな準備が必要か、といった興味本位で読んでもらうのもいいかな、と思いますね。

では、今回はこれまで。



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ひとしずく 後書き 10

今回も、後書きのような感じのものを、やっていきます。

まずは、73話目のこちらから→造花のブーケ(からくり 2)

こちらも、からくりシリーズに入れてはみたものの、全くからくっていない内容です。
結婚式の段取りの最中に、主人公と未来の新郎が揉めるという、まぁどこにでも転がっていそうなお話です。何故からくりシリーズに入れたかというと、パッと見では主人公と主人公の旦那の痴話喧嘩という風に見えるけれど、実はそうではなく、旦那の父親(義父)がわざわざ躓かなくていい段差で躓かせようとコッソリ裏で糸を引いている……という内容であるが故にこのシリーズに収まった次第です。

主人公の旦那はモラハラ気質という設定なのですが、その背景に彼の父親という存在が深く関わっている事を匂わせています。
ホントね、書いていてイラ~っとする奴なんですよ、義父のキャラが笑。姑息で卑屈な小心者、という設定なのですが、今回のこのお話でそういう部分にちょっと触れている感じですかね。まぁ、登場人物全てが良い人キャラだったら小説が成り立たないので、こういう性格の人も必要かなーとは思うけれど。実際いたらヤダ笑。でも、このお話の中で一番の問題点は、やはり甘んじてモラハラを受け入れている主人公なのではないかと思います。

そして→母の入院生活 17です。

次の行き先を選び、面談を終えた主人公は、今度は本人面談に挑みます。本人面談は主人公の母親を連れて行かなければならない事から、前の面談よりもたくさんやる事が増えます。子供達の居場所確保、そして入院中の病院での外出許可の届け出、介護タクシーの手配などを済ませ、主人公は母親を連れて面談へと出向きます。今回やって来た介護タクシーのドライバーは、大柄で陽気な老人です。主人公は車中で北山と名乗るその年配者の話に耳を傾けます。彼は日々の業務で老健などの情報に詳しく、待機100人という嘘みたいな話も聞いた、と主人公に告げます。だから今日は頑張って、と主人公を励まします。

お次はこちら→落下

これは一話読み切りです。主人公の結婚前のお話です。
マリッジリングを買いに行く事になった二人に、今度は彼の母親(義母)が立ち塞がります。彼の母親が購入する事になったため、主人公は何も口出しが出来ません。が、どこまで親に頼るつもりなのかと主人公は内心彼に対して嫌悪感を持っています。この主人公にしては珍しく乙女な感情で指輪の購入を楽しみにしていたのに、神聖な気持ちを台無しにされてしまいます。

このお話でも、主人公の旦那の行動は、モラハラ満載?です。普段から自分の荷物を持とうとはしない主人公の旦那は、案の定この日も主人公に持たせようとします。受け取り損ねた主人公が、誤って携帯を道路に落下させてしまうと、彼は烈火のごとく主人公を罵倒します。そもそも、自分の荷物を自分で持つという観念がない事に問題があると思うのですが、モラハラ男にそんな常識はありません。落としたお前が悪い、となるのです。心底そう思っているのです。後ろからポンポン、と肩を叩いて、アホなのか? 君は? と言ってやりたい気持ちで書いていました。

今度は→母の入院生活 18です。

主人公と主人公の母親、それに介護タクシー会社の北山は、医療法人の老健に辿り着きます。北山と別れた主人公は、車椅子を押しながら中へと入ります。今度の面談は以前の担当者とは違い、主人公と同じ歳くらいの、二十代後半か三十代前半くらいの若い男が現れます。面談が終わると、主人公はその男に頭を下げ、よろしくお願いします、と告げます。相談員の男は会議室を出るとすぐ前の開け放たれた休憩室へと消えていきます。そこは開け放たれたままなので、前を通る主人公は嫌でも中が見えてしまい、喋り声も全部聞こえてしまいます。
「あー! それ、私が食べようと思ってたのにー!」
「あの爺さん、また自分でオムツ外しちゃったらしいんだよ」
「ワーッハッハ! ワーッハッハ!」
クッキーを口いっぱいに頬張りながら談笑している、自分と同世代の若い職員達の賑やかで楽しそうな様子に、主人公の胸はグッと痛みます。(念の為に付け加えますが、介護施設の職員に対する批判ではありません。これは、小説です。実際にこんな人達はいないと思います。)数日後、ソーシャルワーカーの上田から連絡があり、母親が落ちた事を知ります。

この回は珍しく? 主人公と主人公の母親の会話が途中で登場します。とっても頓珍漢な内容です。50代だけど50代に見えないほど病気で老け込んでしまった主人公の母親は、ここはイチリツ? ワタクシリツ? と突拍子もない質問をしてきます。

そしてお次は→労い

これは……なんというか……主人公も相当卑屈だな~という印象です。
幼稚園に通う子供達のために、主人公は園に付き物の発表会のために悪戦苦闘して衣装を作ります。しかし、当日幕が上がると、大勢の人が手作りしておらず、専門の業者に任せたり親に頼って作ってもらっていた事を知り、主人公は愕然とします。何も知らなかった自分を恥ずかしく思います。
発表会が終わると、義父と義母に食事に誘われます。主人公の旦那があの衣装、全部手作りなんだぜ、と義母に告げると、義母は私の娘の方がきっと上手に作れたはず、と主人公に告げます。主人公は労いの言葉がない事に釈然としない気持ちになり、また子供がいないために手作り品のノルマ達成の経験のない義姉と比べられた事にも納得が出来ません。

うーん。主人公の言い分はわからなくもないけれど、ちょっと高望みし過ぎ? 甘え過ぎ? のような気がしますね。いや、結構なひどい扱いを受けているけれど、そもそも労いって欲しがるものじゃないと思う。自分が他人に対して労いの言葉をかけるタイプだから、周りの人も自分に対してそうして欲しい……というのは、それは違うのでは? と私は感じます。まぁ、人間関係においての潤滑油として労いって大事だとは思いますがね。見返りを求める生き方そのものが、なんというか……違うような気がします。

こちらは、一話読み切りになっています。

次に→母の入院生活 19

全ての努力が泡となった主人公は、落ち込む暇もなく、次の行き先を探します。知り合いが新しく始める住居型のホームはどうか、とソーシャルワーカーの上田に勧められますが、金銭的にかなり辛くなる事や、場所が不便な事で主人公は悩みます。しかし、30代になった主人公は育児の真っ只中であり、まだ50代でありながら要介護5で寝たきりになってしまった母親の面倒を一人で全て看るのは不可能であったため、他に手はないと割り切り、それを承諾します。

数日後、母親の病室にいた主人公の元に上田がやって来て、ダメだったと告げます。数値が悪過ぎるために、向こう側が怖がって引き取れないと言っている、と聞かされます。主人公は面談はおろか、書類だけで落とされてしまった事を知ります。落ち込んでいる暇はない、ここには三か月しかいられないからね、との上田の言葉に、主人公はまた次の行き先にアポを取る旨を告げます。

帰り道、激しい頭痛のため、主人公は段差を避けてゆっくりと自転車をこぎます。一度家に帰って熱を測ってみようかと思いますが、熱があったところで休めるはずもないので、そのまま幼稚園へと向かいます。

そして次は→初めての誕生日

こちらは一話読み切りです。モラルハラスメント被害者特有の、悲しさや虚しさを表現したつもりです。結婚して初めて迎える自分の誕生日、主人公は一人暮らしではなくなった事に喜びを感じます。お腹には初めての赤ちゃんがいます。主人公は母親に妊娠を告げますが、母親は送金がなくなる事を恐れ、全く喜んではくれません。むしろあからさまに迷惑そうにあしらわれます。誕生日当日、主人公の旦那はその日だけ何故か遅くに帰宅します。今日は自分の誕生日だと主人公が告げると、彼は知っているよ、お誕生日おめでとう、お腹が空いたから早くご飯にしてくれ、と言います。主人公はその場にくずおれ、激しく泣き出します。主人公の旦那は困惑し、もうお母さんなんだから、そんなに泣いていたらお腹の子供に笑われるぞ、と言います。意思の疎通が全く出来ていない事に絶望した主人公は、家を出ようとしますが、住んでいた一人暮らし用のマンションは既に引き払い、実家の母親からは絶対に帰って来るな、と言われている事から、身重の体で自分にはどこにも行き先などない事に気付かされます。主人公は泣きながら、お味噌汁を温め始める……という内容です。

せめて、親か配偶者か、どちらかでもこの主人公の味方であれば救いもあるのですが、どちらも主人公を食い物にし、足を引っ張るだけの存在という……笑。悲惨を通り越していますね。救いもなければ逃げ場もない、真っ暗闇の世界観です。

そして→母の入院生活 20

少しずつ体調が悪くなっていく主人公ですが、母親が入院している病院への顔出しや、仕事や家事、育児の隙間に次の病院探しもしている事から、時間的な余裕がなく、気にはしつつも放置します。病院へはほぼ毎日母親のために出向いており、子供達の風邪や予防接種などでもよく通っているため、自分のために病院へ行こうという気にもなりません。

そんな中、主人公は鎮痛剤を飲むために、いつもは旦那の帰宅を待ってからしか口にしない夕食を先に子供達と一緒に食べ始めます。何かお腹に入れてから薬を飲まなければ、後に胃痛で転がり回るはめになるからです。しかし、それを知らない主人公の旦那は、お前はいい身分だな、と先に食事をしている主人公を蔑みます。主人公は理由を話そうとしますが、結局何を言ったところで彼には伝わらない上、余計に冷たくあしらわれる事を経験上知っている事から、口を閉ざします。

育児と介護の同時進行で主人公の体調が悪くなっていく中、更にモラルハラスメントが食い込んでくる……という内容です。

そしてラストはこちらの→ふわふわです。

変なタイトル笑。ふわふわ……って、原宿〇前パー〇ィーズか(このツッコミ、わかる人、いるのだろうか)! 
新米ママになった主人公は、全く回復しない産後の不調の中、夜中であろうが三時間おきにやって来る授乳に疲れ、日中アポなしで代わる代わるやって来る舅や姑や義姉の相手に疲れ、旦那に相談するも、お前は我慢が足りない。昔の人はもっと苦労していたはずだ。お前は口を開けばオレの家族の愚痴を言う、と見当違いな事を言われ、逆に責められます。何を発言しても揚げ足を取られるので、主人公はこの人に何を言ったところで無駄なのだ、と徐々に悟り、一切口にしなくなっていきます。

ある日、旦那の実家に呼ばれて行くと、義姉が座布団の上に主人公の子供を寝転ばせ、毛糸の切れ端を持ってふわふわとそれを子供の顔の上で揺らして遊び始めます。主人公は慌てて義姉の失礼な振る舞いを阻止しようとしますが、彼女の環境を考え、思い留まります。
姑がデパートで買ってきた、と沙耶のお昼寝用のふわふわした毛布を出してきます。主人公が礼を述べると、姑は色違いの同じ柄の毛布を二枚出し、一つは自分用に、もう一つはうちの娘用に買ってきたのよ、と告げます。もちろん、主人公の分はありません。主人公はそれを欲しいとも思っていませんが、わざわざ見せなくてもよいものを見せて、遠まわしにあなたの分はないのよ、と匂わせるその幼稚な行為を他人事ながら恥ずかしく思います。
一話読み切りです。

では、今回はこれまで。



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ひとしずく 後書き 9

今回も後書きのようなものを書いていきます。

まずは、64話目のこちら→母の入院生活 12

母親と別れた主人公は、弟と共に遅い昼食を取ります。久し振りに弟と食事をしながら、主人公は弟と一緒に暮らしていた日々をふと思い出します。二度とは帰らないその日々を、懐かしく思い出すのです。
結婚をして家を出ても、大抵の人には実家があり、時折は帰省する事が出来ますが、この主人公と主人公の弟はそれが出来ません。過去の生活と現在の生活が全く繋がっておらず、それぞれ切り取られ独立した別の次元として存在しています。何年も何十年も繋がった状態が延々と続く人もいるのに、自分は何故切り離されなければならなかったのだろう、と主人公はぼんやりと考えます。

「羨んでも、妬んでも、それらが自分の手には絶対に入らない事は重々承知だ。頭では、わかっている。理解している。だが、理解したところで、渇望は止まらない。どうしようもないほど、私は守られたい。親の愛情が欲しい。その矛盾こそ、塔子そのものであった。」

↑これは本文から抜粋した主人公の気持ちです。退院、転院を無事終えた安堵感からか、主人公は根本で解決出来ていない自分の問題点に気付かされるのです。

次に→手ぶらのプロポーズ

これは題の通り、主人公が手ぶらでプロポーズされるおはなしです。そのままの内容です。特に記す事はないですね。
相手の男の仕打ちもどうかな、と思いますが、淡い期待を膨らませた主人公もどうよ? と思います。まず、期待という待ちの姿勢で生きている自体が間違いなのでは……? と思う。
傷付いた主人公は、傷付いた自分を相手に見せる事が怖く、勇気を出して不満を言ったところで今度は相手が傷付く姿を見るのが怖く、それらはなかった事として処理されます。簡単に傷付いた自分を許せない気持ちもあります。
……主人公、面倒臭い性格してるなぁ、と思いますね。あ、もちろん相手の男も。どちらも同じ穴の狢っぽい。
一話読み切りになっています。

そしてお次は→母の入院生活 13

弟と別れた主人公は、子供達のお迎えに急ぎます。幼稚園に着くと、息子の海斗は主人公に気付かず黙々と一人でお絵かきをしています。主人公が帰るよ、と促すも、途中で切り上げる事が出来ない性格の海斗は、母親の言葉を無視して絵を描き続けます。主人公は諦め、息子の気が済むまで待つ事にします。
やがて絵を描き終えた息子を自転車に乗せ、主人公は小学校へ向かいます。お迎えに行ってあげる、と娘の沙耶に約束をしていたからです。しかし、いざ着いてみると、娘の沙耶は友達と遊ぶのに熱中していて、後で友達と一緒に帰るから先に帰ってほしい、と言います。主人公は息子だけを連れて先に帰る事にします。

長い一日を終え、やっと家に着くと、主人公の携帯が鳴り出します。今ヘアサロンにいるけれど、長引きそうだから子供を預かってほしい、という近所のママ友のお願いに、主人公は唖然とします。自分が今日一日経験した辛く情けなかった出来事と、あまりに違う優雅なママ友との境遇に、主人公は納得がいきません。が、子供に罪はないので、主人公は預かる事にします。

その後、主人公の旦那が帰宅します。彼は夕食の用意がまだ出来ていない事を知ると、優雅に自室に籠ります。前病院の看護師達から受けた嫌がらせよりも、入院早々次の行き先を決めてくれとソーシャルワーカーから言われた事よりも、呑気で優雅なママ友のお願い事よりも、彼の他人事のような振る舞いに、主人公は心の底から絶望します。高速で野菜を刻みながら、主人公の心はカラカラに乾き、涙すら出ないのです。

「母の入院生活 5」あたりから続いていた長~~~い一日が、ここでやっと完結します。あ、でもこのシリーズは34話までまだまだ続きます。

そして→この家はあげない

こちらは一話完結の読み切りです。義理の母親との会話が主な内容です。
使っていないブランド物のタオルや食器類やらをあげたいから来なさいと言われ、結婚直前の主人公は義理の親になる人の元へと出向きます。新居は狭いし二人だけだし、こんなにたくさんは必要ないという主人公に、姑になるその人は邪魔だから持って帰ってもらわなければ困る、と言います。二人だけと言うけれど、すぐに子供を作ってもらわねば困る、とも言います。自分の娘が出戻って来ている事は棚に上げ、夫婦仲良くしてもらわければ困る、とも言います。主人公は納得がいかない気持ちを抱えながらも、適当に合わせます。
最後に、この家を狙ったって駄目よ。ここはうちの恵子さん(姑の娘であり、彼の姉)の物になるんだからね、とクギを刺されます。主人公は彼の実家を欲しいと思った事は一度もなく、またそんな発想すらした事がなかったため、義理の母のその発言に唖然とします。何故、そんな言葉を投げかけられなければならないのか、理解出来ません。彼女の発想の卑しさに、主人公は気持ちの悪さを感じます。

次は→母の入院生活 14

転院先で、主人公の母親は意外に楽しく暮らしています。前の病院とは違い、今度はリハビリテーション専門の病院のため、寝たきりではなく、体を動かす訓練の時間が長いためか、人と係わる時間が長いためか、案外すぐに環境に馴染んでくれます。
ところが、主人公がやって来ると、母親は何故か不機嫌な表情をします。何も好き好んでこんなところにいるんじゃない、娘のせいで自分はこんな病院に入れられたんだ、という態度を取ります。主人公はそれを甘んじて受け入れます。親不孝と思われようと、育児や仕事やPTAの役員に時間を取られるため、自分の母親のためだけに時間を割く事は不可能だからです。

ある日、主人公の母親は、腹立ちまぎれなのか、「今のうちに私を笑っておけばいい。あなたもいずれこんな姿になるのだから」と呟きます。主人公はその発言を特に気にする事もなく聞き流しますが、その悪意を含んだ言葉は主人公の気付かぬところで棘となって心の奥に突き刺さります。

これは2015年の9月に書いたものですが、この時の後書きで、これがモーパッサンの女の一生をヒントに作った作品である事を知らせています(女の一生の主人公は介護などしていませんが)。

そして次は→三つ巴

これは主人公が新婚の頃の話で、まだ子供もいません。お金の無心に来る母親と、モラハラの旦那の板挟みになっていく主人公の心情を書いています。
主人公の母親は、主人公の様子を見に来ているわけではなく、お金を貰う代わりに愚痴という主人公が欲しくもなんともないものを空になってしまったその隙間に突っ込んでいきます。主人公の旦那はそれを知りませんが、自分の家に妻の親が勝手にやって来る事をよく思っていません。主人公の旦那はハッキリと自分が不愉快であるという事を主人公に告げますが、主人公はどうする事も出来ません。主人公本人も、母親の訪問を迷惑に思っており、それでも見捨てる事が出来ない状態である事から、彼の発言をただ黙って受け流すしかないのです。

これは読み切りで一話で完結しています。

そしてお次は→母の入院生活 15

転院先で、主人公は看護師、担当医、ソーシャルワーカーなど、各部署から連絡が入り、その度に病院に呼び出される事になります。リハビリテーション実地計画書を見てみると、主人公の母親は歩行1、車椅子1、移乗も全て1など、低い数値で埋め尽くされていますが、認知に関しては記憶力7、交流5、理解力7など高い数値である事がわかります。
ある日、主人公は病院側から介護認定を受けるように指示されます。運悪く主人公の母親が排便をしている最中に、委託の認定員がやって来ます。「要介護5」と認定された書類が、数日後主人公の元へ送られて来ます。
別件で、主人公は次の行き先を探す準備をソーシャルワーカーから勧められ、それに向けて動き出します。数々のパンフレットを渡され、入れるか、入れないかは塔子さんの頑張り次第だよ、と言われます。

何度も呼び出しがかかるため、主人公はうっかり自分の母親の病室に顔出しをしていないに気付きます。病院を出て歩き出しますが、戻って顔を出そうかと悩みます。足を止め、考えますが、やがて主人公は雨の中を歩き始めます。

今度は→犬も食わない

こちらは、一話読み切りです。最初の子供が生まれたばかりの頃のおはなしです。二人きりだった生活から、突然三人暮らしとなり、慣れない育児に主人公と主人公の旦那は徐々にすれ違っていきます。今でいうところのワンオペ育児? な主人公は、産後の回復が悪い体に鞭打ち、夜中に買い物に出掛けます。途中、主人公の親友から電話が掛かって来ます。相手は主人公が元気のない事に気付き、何かあったの? と尋ねてきます。主人公は自分の状況を伝えますが、独身の親友からはノロケにしか聞こえない、夫婦喧嘩は犬も食わない、と冷たくあしらわれます。そこで初めて主人公は、たとえ親友であっても、肉親であっても、誰にも本当の事を打ち明けたりしてはならないのだ、と気付くのです。そこで待っているのは二次被害であって、誰も親身になって寄り添ってなどくれはしないのだ、と知るのです。産後の回復が人より遅くても、心配してもらおうと思う自分が甘いのだ、寝たきりになって食事もろくなものが作れず、掃除も行き届かない主人公を怒鳴り散らず旦那が悪いのではなく、自分が悪かったのだ、と主人公は気付くのです。誰にも何も言わず、ただ黙って怒りを蓄積していればよいのだ、と気付くのです。

やがて買い物を終え、家に帰ると、主人公は帰宅が遅かった事をまた責められます。親友と電話をしていた事を告げると、子供を放っておいて陰でコソコソ悪口を言っているなんて、お前はなんて汚い人間なんだ! と怒鳴られ、玄関のドアを閉められ、中に入れてもらえません。世間一般の幸せなど、自分には用意されていなかったのだ、と痛感しながら、主人公は自分で鍵を開け、中に入って行きます。

主人公はこのような体験を重ねるに連れ、徐々に夫源病、カサンドラ症候群になっていきますが、本人は全くそれに気付いていません。自己反省や自己否定の気持ちの方が強いのです。

そして最後はこちら→母の入院生活 16

医療法人の老健、市営の介護老人保健施設、そして住宅型有料老人ホームなどのパンフレットの中から、主人公は現在入院中の病院から転院実績のあった医療法人の老健を選び、面談のアポイントを取ります。老健に入るにはあまりに若すぎる年齢である事を先に告げると、先方は会って話を伺うとの事から、主人公はまた子供達を預かり保育へと入れる手配をし、その場所へと出向きます。道中、電車に揺られながら主人公は音楽を聴きますが、自分が何の音楽を聴いているのか、全く内容が耳に入っていません。
診療情報提供書、日常生活動作確認書、食事調査票などを提出すると、老健の担当者から、特定疾患の場合40歳からでも入所は可能だと教えられます。入所可能だと知り喜んだ主人公は、次は本人面談があると聞かされます。喜びは束の間、仮にこの面談が通っても、次に母親を連れての本人面談がある事を知るのです。母親を連れて面談に来るという事は、また子供達を預ける手間や、介護タクシーの手配をしなければならない事に思い当たり、主人公は愕然とします。
この日の面談を封切りに、主人公は長い長い面談との戦いの日々が始まります。

では、今回はここまで。



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ひとしずく 後書き 8

今回も、後書きの続きです。

まずは、55話目のこちらから→母の思い出 4

こちらは主人公の母親についての内容を書いています。主人公が学生の頃の話です。主人公の父親が単身赴任をしてから、徐々に母親の性格が変わっていく様子を表しています。

足枷が外れた人のように、自由を味わった主人公の母親は、やがて躁の状態と鬱の状態を繰り返すようになります。しかし、家族の誰もがそれに対して関知しません。皆、自分の人生に忙しく、そしてそれをさほど重要な事だとは思わず、主人公含め誰もが彼女を突き放すのです。

主人公の母親の躁鬱状態に関して、最後まで深くは追求しないまま小説は完結しています。不勉強なため書ききる力がなかった上に、それだけではない要因が数多くある……という設定なので、それ一つにスポットを当てる必要はないと思ったからです。
モラルハラスメント被害者であったがための、双極性障害。モラルハラスメント被害者であったがための、カサンドラ症候群。モラルハラスメント被害者であったがための、二次被害。モラルハラスメント被害者であったがための、摂食障害……etc.それらを全て小説内で書き表す事は私には不可能だったので、端折った次第です。

まぁ、全てが主人公の父親のせいだとは思えませんが。元来の性質や結婚前の環境など、根本的な原因は他にもたくさんあるはずだと思うので。キャラを善と悪で分けるのは簡単ですし、読み手側もどちらかに感情移入しやすいだろうとは思いますが、そんな安直な問題でもないような気がするし。そもそも、書き手側としては誰の味方でもなく、原因論もプロセスの上では必要かもしれませんが、そこだけに着目したり固執する考え方はおかしいのではないかと思っているので。
まぁ、だから何? って話ですが笑。

そして次は→母の入院生活 8

救急搬送で運ばれた病院を退院し、主人公の母親はリハビリテーション専門の病院へと辿り着きます。
入院手続きをしている中、担当の主治医に促され、主人公の母親は麻痺していない方の手で、署名をする……といった内容となっています。
特に記す事はないです。

次に→震える父 3

これは三部作でして、この回で完結しています。会う必要などどこにもないと思っていたのにもかかわらず、主人公は父親と会う約束をします。自分の身内に自分の子供達を会わせてみたい、という奇妙な感情が芽生えたのです。
実際に会ってみると、主人公の父親は主人公に特に注意を払わず、主人公の上の子供にひどく関心を寄せます。あからさまな孫への関心に、主人公は当惑するのですが、反面喜びの感情も生まれるのです。下の子が生まれたばかりで、慣れない二人の育児に疲労困憊していた主人公は、上の子を今までのように純粋に可愛がる事が出来なくなっていたところでした。そういった時期に父親と再会し、孫を手放しに誉められた事によって、主人公は再び上の子に対しての愛情を再認識します。
父親と娘が手を繋いで歩く姿を後ろから眺めながら、主人公はもう二度と父親に会う事はないだろうと感じています。

そして→母の入院生活 9

リハビリテーション専門病院に転院した当日、医師や看護師やリハビリのスタッフらとの会議が始まります。会議が終わり、皆持ち場へと戻って行き、最後に病院に常勤しているソーシャルワーカーと二人きりになります。彼から入院は三か月間だけと聞かされ、主人公は入院初日から母の次の居場所を考えなければならない事態に追い込まれます。

次は→答えを必要としない質問を繰り返す人

これは、一話読み切りです。モラハラに関しての内容です。かなりわかりやすく書けたかな? と勝手に思っています笑。
まぁ、モラハラする人にも人それぞれ色んなタイプがあるかと思いますが、主人公の旦那は題の通り、答えを必要としていないのにもかかわらず何故か質問を繰り返す癖? みたいなものがあるらしい笑。自分から訊いておいて、最後まで集中力が持たないという笑。その答えが自分の望む答えではなかったり、ただ単に内容に飽きたりした場合、彼は露骨にそれを態度で表します。真面目に応えている周りの人間が慇懃無礼なその態度にビックリしていていても、それには気付かず自分の感情を優先させます。
子供……というか、完全に幼児ですね。逆コナン。逆コナンですよ笑。

彼の世界では自分が唯一無二の王国の王様であるので、自分を飽きさせたり、自分の顔色を窺わない奴隷は要らないわけですよ。下僕達は、それが出来て当たり前だと勝手に思っているので、俺は悪くない、俺を不愉快にさせるお前達が悪い、となるわけです。

うん。いいよね、楽しそうで……半笑。大人の世界ではまかり通らないと思うけど。

お次は→母の入院生活 10

今までの病院とは違い、私物(タオルや着替えなど)をレンタルしない事にした主人公は、早く私物を揃えるようにと担当の看護師から言われます。車は主人公の旦那が日中使っている事から自転車でやって来た主人公は、母親の私物を揃えるにもどうしたらいいのかと悩みます。母親の家は遠方な上、主人公はそこに行った事もほとんどなく、その場所の記憶すら曖昧です。辿り着いたところで、そこが荒れ果てた場所であり、自分は生理的にどうしてもそこに入る事が出来ない事もわかっています。結局、病院の近くのスーパーを探してそこで一から揃える事を選びます。

最後、主人公の弟が上手い具合に現れ、主人公は助けられます。

そして次は→理由を知りたがらない人

こちらもモラハラに関しての内容なのですが、それに伴う共依存について触れています。これは読んで頂ければわかるかと思いますが、かなり強烈な共依存です。

主人公は、薄々自分にその傾向がある事をわかっています。しかし、それ以上に孤独に怯えています。この話はまだ主人公が結婚する前という設定ですが、既にこの頃から主人公には共依存の匂いがプンプンします。主人公は、一人になるのが怖いのです。ろくでもない男と共にいる方が、一人ぼっちになるよりマシだと思っているのです。歪んでますねー。一人の何が怖いのかよくわかりませんが、どうやら主人公の置かれた環境や生い立ちによって、それが他の共依存的な人達よりも更に大きく影響しているようです。
まぁ、人間、大なり小なり何らかの依存傾向はあるものだと思いますが、それにしてもこの主人公の場合、度が過ぎるように感じます。

主人公が自ら頭を下げてヨリを戻しに行くシーンがあるのですが、やーめーてー! 塔子ちゃん、やーめーてーー! と思いながら書いていました。

そしてこちら→母の入院生活 11

主人公の弟が手伝いにやって来てくれた事で、主人公は移動も買い出しも運搬も片付けも、一気にラクになります。なにより、精神的に一人ではない事に安堵感を抱きます。弟が来てくれてよかった、と主人公は感謝します。クールな弟は淡々としています。
全てがやっと終わり、帰ろうとすると、主人公の母親が泣きだします。別れた後、弟が主人公に、姉と母親の立場が逆転している事、そして自分だけはまだまだ子供だと思われているようだ、と呟きます。主人公は弟のその発言に同意します。そして弟の提案で、二人は近くのファミレスへと遅い昼食に向かいます。

弟の登場によって、主人公の張りつめていた心が和んでいきます。朝早くから退院手続き、転院手続きと忙しい一日を過ごし、前病院の看護師達からの悪意ある態度に悔しさを感じた事や、車椅子の嫌がらせによって無駄な出費を強いられた腹立たしさなども、弟の存在で徐々に立ち直っていきます。最後はこの主人公にしては珍しく? 笑顔や笑い声まで出てきます。母親は初めての場所に取り残されて泣いているのに、二人の子供達は意外と薄情で、頑張って全部処理したぞー、という達成感すら感じているのです。苦しい重圧から解き放たれ、爽快感すら感じているのです。

そして最後は63話目のこちら→正論を述べる人(からくり 1)

奇妙なタイトルの付け方をしています。続きものだけど、一回一回内容の違うシリーズがやりたいなぁと思っていた頃で、悩んだ末、こんな変な題の付け方をしています。でも、自分に文才がなく、しかもアイデアも思っていたほどたいして浮かばず笑、三話で適当に切り上げたシリーズものです。これで終わります! という宣言もなく、尻つぼみ状態で逃げるようにフェードアウトした、黒歴史? 的なシリーズです。出来栄えは三話全部あまりよくありません(いつもか)。

パッと見、何が問題なのかよくわからない内容がやりたいな~と思い、やり始めたわけですが、自分の頭で想像していたのと、実際書いてみた後の作品が全く違うというか……からくりっぽい仕掛けが隠れている物語にしたいのに、全然からくれてないというか。とにかく、自分にはそういう書き方は分不相応だったんだな、とわかった次第です。

内容は、主人公が結婚前の夫から受けるモラハラについてです。この主人公の旦那は、あたかも正論のように自論を述べ、主人公の考えや発言を全く信じようとはしません。間違っているのはいつも相手側の方であり、自分は正しいと信じ切っているのです。主人公はひどく礼儀知らずな婚約者だとみなされるのです。あ、微妙~~な感じで、姑からも嫌がらせされてますね笑。嫌がらせというより、サラッとした暴言? みたいな。

そして、からくった(変な日本語)のは、この姑も実は家族からモラハラを受けているのですが、本人がそれに全く気付いていない……という部分です。安直過ぎる? ホント、安直過ぎるからくりですよね。なんだか申し訳ない。ヘタ過ぎて、申し訳ないです。

では、今回はこれまで。



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ひとしずく 後書き 7

今回も、後書きのようなものを書いていきます。

まずは、46話の→母の入院生活 3から。

これは主人公の母親の入院生活について書いているシリーズですが、この第三話では特に入院にも母親にも触れていません。母親の転院の日に向けて、子供達の居場所を探す内容になっています。主人公の娘の沙耶が6歳、息子の海斗が4歳の頃のおはなしです。
主人公の子供達はこの小説でそれほど登場しないのですが(そもそも主人公以外、たいして出て来ない)、この第三話では子供達に珍しく焦点を当てています。彼らの性格の違い、主人公の自責の念、などを書いています。
育児の中に急に介護が割り込み、いつの間にか優先順位が入れ替わっていくのですが、これはその序盤のような内容です。

海斗が泣きながら眠ってしまい、ぷっくりと膨らんだ頬を沙耶と一緒に可愛いね、と言って眺めるシーンがあります。沙耶は純粋に可愛いと思っており、それ以上でもそれ以下でもないのですが、主人公は自責の念から複雑な思いでその姿を眺めているのです。

次に→引っ越し 5

これは全5話のシリーズで、この回で完結しています。完全なる? モラハラについて書いています。

責任を取りたくないため、主人公の夫は引っ越しの最中、家を出て行きます。急ぎの用件ではなくても、面倒臭い事が嫌なのです。擦り付けられる対象があるならば、平気で責任転嫁してきます。ほとぼりが冷めた頃に戻って来た彼は、ケチを付けるために粗探しを始めます。そしてその場から逃げた事実はすっかり忘れ、お前が居ながら床に傷を付けさせるとは何事か、と責めたてるのです。
とにかく理不尽な内容です。主人公、何か悪い事をしたでしょうか? 何もしていないですよね。逆に、助けてもらっているのがわからないのでしょうか。そして、その状況で、何故寝る笑? お前が先頭切って頑張らんかいッ! どれだけ甘えれば気が済むかッ! と頭突きの一発でもかましてやりたい気分で書いていました。

そして→母の入院生活 4です。

これは、転院が決まり、それに向けて動いている中、看護師に呼び止められ、介護タクシーの手配を忘れている事を指摘されるおはなしです。
そして、主人公の中でその同世代の看護師に向けての嫉妬心? が膨れ上がり、その後自己反省する……という、やるせない心情を書いています。

次は→罪がないのが罪

こちらは一話読み切りの短編になっています。主人公が結婚する前のおはなしです。お金に関するモラハラについて書いています。モラなのか、そうではないのか。微妙~~な内容です。
ハッキリ言えばいいだけの話なのに、言えない性格の主人公は、一人悶々としています。この主人公はさもしいと思われるのが嫌なのです。これは、主人公の性格にも難あり、な印象です。

そしてお次は→母の入院生活 5です。

ネットで調べてなんとか介護タクシーの確保をした主人公に、転院前日になってトラブルが発生する……という内容です。

主人公、担当の看護師から嫌がらせ? のような行為を受けます。しばらく押し問答が続きますが、結局はプロの意見を尊重し、主人公は相手の主張通りに動きます。全く納得がいかないまま、手配していた車椅子から、リクライニング車椅子に渋々変更するのです。そうしながらも、それは本当に必要な事なのか、ただ単に嫌がらせを受けているのか、主人公には判断がつきません。介護タクシーの担当者の口ぶりから、それは滅多にレンタルされるものではない事を聞かされます。価格も倍ほど違う事を知ります。主人公は訝しく思いながらも、結局は看護師の言い分通りに変更してしまいます。

そして→震える父 2

滅多に登場しない、主人公の父親が登場します。主人公は、今まで一度も会った事のない孫に会ってみたい、と父親から言われます。主人公は自分の父親を、途中で育児放棄をして自分を見捨てた無責任な男、という視点で見ている事から、躊躇します。自分の結婚式にも来てくれなかった父親に、何故子供を会わせなければならないのか、と悩みます。

しかしその時、主人公の心の中で、奇妙な感情が生まれます。自分の子供達を、自分の身内に会わせてみたい、という説明の付かない不思議な感情が突然芽生えたのです。普段、日常生活において係わっている身内というものが、全て配偶者側の身内である事から、自分にも身内くらいいるんだ、自分にだって本当の親がいるんだ、とどこかで誰かに知らしめたいような感情に襲われるのです。主人公は父親に会ってもいい、と告げます。

これは、主人公の娘が2歳、息子が生まれたばかりの頃のおはなしとなっています。

次は→母の入院生活 6です。

とうとう転院当日になった主人公は、渋ったり泣いたりする子供達を振り切り、病院に向かいます。退院の事務処理や部屋の片付けが終わると、最後に母親を着替えさせます。あれだけいた看護師達は何故か転院当日には見当たらず、主人公は一人で大柄な母親の着替えをする事になります。しかし、半身不随の母親は、自らの力で起き上がる事も座る事も出来ないため、主人公は悪戦苦闘します。なんとか着替えさせますが、最後にズボンを上まで引き上げる事がどうしても出来ません。そうこうしている間に、介護タクシーの運転手が到着してしまう……というおはなしです。

そして→しっかり稼いでこいよな

これは、一話読み切りになっています。主人公が結婚する前のおはなしです。モラハラ的? な内容です。
なんというか、ちっちゃい。人間がちっちゃい。器がちっちゃい。こういうと男女差別になりそうですが、男のくせになっさけないなー、お前、と呆れてしまうというか。場がシラケるというか。特に記す事もありません。

そして今回のラストは→母の入院生活 7です。

美しく実直そうな介護タクシーのドライバーがやってきます。彼女の助けを得て、主人公は無事母親の着替えを済ませます。その後、三人の若い看護師達と廊下でバッタリと出会います。彼女達の仕草や口振りから、主人公は自分がイジメにあっていた事をようやく確信します。主人公は怒りに震えますが、自分の親が世話になった事を考え、最後に頭を下げます。

やがて新しい転院先へと到着しますが、結局最後まで車椅子はただの一度もリクライニングされる事はなく、近距離移動にもかかわらず高額の支払いをします。主人公はそれを勉強代だと思って支払います。世の中の一部では、若者介護をしている者を自らのストレスのはけ口として恰好の餌食にする看護師が実際に存在する事を、主人公は初めて知ったのです。

では、今回はこれで。



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ひとしずく 後書き 6

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

今回も、振り返り、やっていきたいと思います。

まずは、37作目のこちら→新しいスカートです。

これは、主人公が結婚したばかりの頃のおはなしで、まだ子供は生まれていない設定です。一話読み切りの短編です。モラについて書いています……が、ちょっと内容が弱いかな? という感じです。
特に記す事はなく。

そして→母の入院生活 1

こちらは長ーく続くシリーズものの第一作目となります。長く続くも続く……なんと34話も続いた長編?です。題名の通り、主人公の母親が入院生活を送る内容となっています。時代別にすると、ちょうど真夜中に走る自転車シリーズの続きの内容になっています。救急搬送された主人公の母親は一命を取りとめ、やがて一般病棟に移されます。主人公にとって、果てしなく続く介護生活の始まりです。これはまだ一作目なので特に中身があるわけではなく。

この「ひとしずく」という小説は、通常重なり合う事が決してないはずの「育児」と「介護」の同時進行について書いている場面が多々出てきます。年齢的に考えても、「自分の母親がおばあちゃんの面倒を看ているから、私も時々お手伝いしているの」くらいの歳の設定なんですよ、この主人公。本人がダイレクトに請け負う事態ではなくて、自分の親というワンクッションを挟んで間接的に介護を知っていく年代なんですね。別にまだ、クッションなしに全責任を負わなくても構わない歳なんです。しかも、時期が悪い事に、主人公にはまさにまだまだ手のかかる小さな子供が二人もいる……。親とはいえ、人を助けている場合ではなく、逆に手助けを必要とする時期に、運悪く育児と介護がバッチリ重なってしまったーーというヘビー?な内容のおはなしが34話も延々と続くわけです笑。

34話の中には、「介護」や「育児」とはまた別に、「モラルハラスメント」や「母と娘の確執」なども登場し、それらが複雑に絡み合います。それらは一見、独立した個々としての問題点のように見えますが、点と点としてバラバラに存在しているのではなく、水面下で太いパイプのようにガッチリと繋がっています。しかし、主人公はこの時点ではそれに気付いてはいません。主人公がそれに気付くのはまだまだ遠い未来です。

お次は→根なし草 3

これは、そろそろ亡くなるであろう母親の永眠の地を探している最中のおはなしです。↑の入院生活シリーズのその後のおはなしです。

内容は、主人公と主人公の旦那、そして主人公の弟の三人がただ車に乗って進んでいくだけの話なのですが、三人の微妙な関係性についても触れています。この小説全体において、あまり登場しない主人公の弟が珍しく登場します。この、主人公の弟という存在は、主人公の唯一の味方、という立ち位置で出現させているのですが、ほとんど出てこないのです笑。それは、この小説全体において醸し出したかった孤独感において不要な存在であったから……という点もあるのですが、単にどう扱っていいのかよくわからなかった、というのもあります笑。書き手である自分に弟がいればその意義が理解出来たのかもしれませんが、実際にいないので姉と弟の関係性というものにあまりピンと来るものがなく、出番がほぼなかったというのが本音のところです。どう動かせばいいのかわからなかったのです。

それはさておき、この主人公の弟。凄くドライでクールな設定です。本文から抜粋すると、ストイックな現実主義者、なのです。独立心が強く、サポートもギャラリーも必要としないのです。ここで言うところのギャラリーとは、頑張っている自分という存在を見ていてくれる自分以外の誰か、という意味です。他人の助けも他人の容認も必要としない、主人公の弟。うーん、実際にそんな奴、いるかな笑? まぁ、いる、いない、はともかく、主人公の弟は、そういった感じのキャラ設定だったのです。そのキャラが仇となり、逆に動かしにくくなり、ほぼ出てくる事がないまま小説が完結した次第です。

あ、この根なし草はまだまだ続きます。全10話あります。

次に→引っ越し 4

こちらは全5話あるシリーズの4作目です。ゆる~いモラハラ?的な内容です。特にこれといって記す事はなく。
モラの人にありがちな行動を書いています。

そして→建前はいつも本音の表側に立つです。

変な題名笑。これは本文の一部から取ったタイトルなのです。読み切りになっています。
このおはなしは……なんといいますか……サラッと読むとおそらく何が言いたいのかよくわからないかもしれません。主人公の母親の若い頃のおはなしです。姑やたくさんいる義姉達から逃げ出す内容なのですが、結局逃げたところで根本的な解決には至らない。何故ならそもそも共に逃げ出した相手が諸悪の根源である事に気付いていないから……といった感じの内容です。
オブラートに包んだ書き方をしているのでわかりにくいかもしれませんが、結局ズバッと言ってしまうと、主人公の母親の伴侶が全ての元凶だという事です。度量もなければ器も小さい、という意味です。またそれに気付かない主人公の母親も愚かである、という意味です。

お次は→母の入院生活 2

これは、主人公の母親が一般病棟に移された後、転院を迫られる内容です。50代で半身不随となり、もう治る見込みがないと医師に告げられた主人公は、リハビリテーション病院へ移るように指示されます。自宅から通える一番近い病院を選んだ主人公は、手続きに追われます。忙しい日々を過ごす主人公ですが、自分が忙しい事にあまり気付いていません。気付いていても、そこに着目しません。主人公の心の中は、不運への諦めと子供達への申し訳なさでいっぱいです。育児と新旧二つの病院通い、それに仕事や家事などで、主人公はどんどん追い詰められていきます。急いでも急いでも、時間が全く足りなくなっていきます。自身のために生きる時間はなく、ただ夫と母親と子供達のためだけに自分の持つ全ての時間を捧げていきます。それでもなお、主人公は自分の努力不足を密かに恥じているのです。本当はまだまだ頑張らなければならない状況なのにもかかわらず、うまく立ち回れないダメな自分は全然頑張れていない、と密かに感じているのです。

そしてお次は→根なし草 4です。

事情により、どこの墓にも入れなくなってしまった母親の永眠の地を探していた主人公は、ネットで探し出した墓地の見学に向かいます。主人公は、他にも数名、自分と同じように説明を聞きに来た見学者の様子を眺めます。彼らは皆、60代、70代の自分の親より遥かに年配者である事に主人公は気付きます。中には娘を引き連れてやって来ている人もいます。その娘すら40代くらいの中年女性であり、自分より遥かに年上の存在である事に気付きます。自分がまだ若く、その場に不相応である事を、主人公は恥じると共に、娘という立場で親の付き添いでやって来ているワンクッション挟んだ状態のその人を、羨ましいと思うのです。既に40にもなる中年の世代でも、まだ親という盾を持つその存在を、眩く眺めるのです。

次は→自責の念

こちらは一話読み切りになっています。そのものズバリ、題の通りの内容です。主人公に何故自責の念が生まれたのか、といった理由やその背景を書いています……が、100%書き出せていない感はあります。まだまだ氷山の一角に過ぎないような内容です。

そして最後に→震える父 1

これも変なタイトルですね笑。これ!というのが全く思い浮かばず、渋々? 付けた題なのです。
クサイ内容について書こうと思い笑、そのクサさに書き手が追い付かず……結局三話も続いたわりに何が言いたいのかよくわからないまま終わってしまったシリーズです。
主人公が子供を生んで育てている中で感じている愛について書いているのですが、その見えない愛情というものは、人と比べる事は決して出来ない上、その量が人より多いのか少ないのか見えるわけでもない……という、なんというか、当たり前と言えば当たり前の事を遠まわしにグダグダと書いています。普段、いつも家にあって見慣れているガラスの小瓶を他人から不意に褒められ、改めてその価値を再認識する……という、めちゃくちゃ回りくどい書き方をしています。つまり、親が感じる子への愛情、その状態が当たり前でそれについて深く考えていない時に、客観的にその状態を再認識する不意な出来事が起きた、という意味です。これはまだ一話目なので、ここでいうところの不意な出来事はまだ起きていませんが。

では、今回はここまで。



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ひとしずく 後書き 5

今回も、後書きのようなものを書いていきます。

まずは、28作目の→母の思い出 2から。

これは、主人公がまだ独身で一人暮らしを始めて間もない頃のおはなしです。モラハラや介護や育児とは全く関係のない内容です。巷でよくある? 母と娘(主に長女)の確執……というか、母子間の独特な空気感、みたいなものを書いています。
主人公には母親がちゃんといる。いるけれど、それは世間一般でイメージされているところの母親像とはちょっと違う。存在しているが故に、逆に主人公の足を引っ張り、生きづらくしている。そういったような内容となっています。
ラストの独白部分は、この主人公の本音が生々しく伝わるのではないかと思います。

そして次は→引っ越し 1

これはシリーズものでして、全部で五話あります。このおはなしでは、主人公は既に結婚しています。ゆる~いモラとも言えないような、やんわりとした嫌味? のようなものを、主人公は旦那や旦那の親から受けています。これはシリーズの一作目なので、特に濃い内容があるわけでもなく。淡々と進めています。11話目に書いた、紅茶とカーペットの続編的な物語になっています。

次は→根なし草 1です。

これは2014年の11月に書いたおはなしですが、この前後ってシリーズものをバラバラに書き始めた時期なんですね。引っ越しシリーズだったり、母の思い出シリーズだったり、真夜中に走る自転車シリーズだったり……。そしてまた新たにこの根なし草というシリーズも始めました。この頃、書きたい事がたくさんあって、最初に作ってあったプラン通りに書いていたら、他の話に移るまでに時間が掛かり過ぎる! と思って、同時にいっぱいスタートをさせた時期でした。

これは全10話あるうちの一作目で、ここでは主人公のバックグラウンドについて触れています。何故、主人公が全てを一人で背負いこまなければならなくなったのか、何故、逃げ場のない環境になってしまったのか、というそういった背景について書いています。
主人公は、そうなってしまった原因の一部分は自分にある、と思っています。その思考の善悪の判断は難しいですが、結局若い頃の主人公の取った安易な行為(婚氏続称制度)が、後に未来の主人公の首を絞めていく、といった内容となっています。

言うまでもなく、根なし草とは主人公の母親の事を指しているわけですが、後にそれは母から子(主人公)へと引き継がれていく精神面においての状態も表しています。

そして次に→真夜中に走る自転車 3

これは、救急搬送された主人公の母親(50代)のその後のおはなしです。医師から一命を取りとめたが急変するかもしれないので覚悟するようにと言われます。主人公は旦那に電話を掛け、母親を引き取ってもよいかと相談しますが、そんな話に何の関心も興味もない彼は適当な返事を返すのみ。やがて救急病棟に入院が決まり、真夜中の病室で入院手続きを始めますが、渡された書類には「身体拘束」の文字が……といった内容です。
それ以上の内容でもそれ以下の内容でもなく。モラハラなのか、モラハラじゃないのか判断も付きかねる内容となっています。

この先、また新たに入院生活シリーズが始まり、「若々介護」についての内容が多くなっていくのですが、このおはなしはその序盤のような役割もしています。「若々介護」は私が勝手に造った言葉でして、老々介護の反対の意味です。年老いた子供が年老いた親を看るのが老々介護なら、普通ならまだ介護を必要としない歳であるはずの若い親を介護している若い子供を指し示す言葉ってないなぁ、と思ったので。
実際にはちゃんとした言葉があるのでしょうか? 不勉強なもので、その言葉を知りません。そんなわけで申し訳ないのですが勝手に造ってしまった次第です。

そして→引っ越し 2です。

これは特に記す事はなく。結婚して数年が経ち、旦那の要求する生活に違和感を覚えながらもすっかり馴染んでしまっている主人公が、ようやく立ち上がろうと動き出すおはなしです。モラルハラスメント加害者の性格についても少し触れています。

お次は→根なし草 2

脳梗塞で倒れた後、一命を取りとめた主人公の母親は、その後に始まるシリーズで長い入院生活を送る事になります。まだこの時点ではそのシリーズは始まっていませんが、この根なし草 2では、その長い入院生活を経て、もうそろそろお迎えが来る……という内容のおはなしとなっています。
不運が重なり(主人公はそれを自分の責任だと感じているのですが)どこのお墓にも入る事が出来なくなってしまった母親の行き先を探すおはなしです。
興味深いのは、この主人公、特にその状態を悲しんではいません。こなさねばならない雑多な事柄に没頭しており、一つ一つ難解なパズルを解いていくように、目の前に立ちはだかる問題をクリアしていく事だけに集中しています。自己憐憫は大いにあれど、まるで機械のように黙々と対処していきます。この人は、正直、全く悲しんでなどいないのです。あるのは自己憐憫のみで、他者(母親)に対しての悲しみなど一切ないのです。それを、この主人公は後悔がないからだ、と言っています。主人公にとって、悲しみと後悔はイコールで繋がっているもののようです。

そして→母の思い出 3

このおはなしは、主人公が第一子を生み、その後第二子を身籠るまでを書いています。単純に母と娘だけの関係性だったところに、月日が流れ子の子が誕生し、母子の関係性が微妙に変わっていきます……が、根本のところでは何も変わっていない、といったわかるようなわかりにくいような、そんな物語です。
我が子が子を生んでも、本人(母親)は毒親のまま成長していないのだから、当たり前の結果といえば当たり前の結果なのですが。

次は→引っ越し 3です。

ここではモラルハラスメント加害者の特徴のようなものを書いています。とにかく、責任を取りたくなくて、逃げ回るシーンが多々出てきます。本人に自覚があるのかないのかよくわかりませんが、逆に悪気なく無意識にこれをしているのだったら余計に怖い笑。おそらく、人にどう思われようと、責任を取らされる方が嫌なのでしょう。いつも、逃げ場を確保していたいのでしょう。逃げるのが癖になっているのでしょう。精神的に幼く、まだ子供のようなものなのでしょう。

最後は→真夜中に走る自転車 4です。

真夜中の病室で、主人公は看護師から書類を受け取ります。数枚の書類の中から、身体拘束の文字が飛び込んできます。主人公は突拍子もない事態に茫然となり、疲れと眠気でフラフラの頭で考え込みます。誰かに相談をしようとしますが、誰も相談出来る者などいない事にハッと気付くのです。誰も助けてなどくれず、自分一人で決断しなければならない状況に初めて気付くのです。

(それは、一本の電話から始まった。その電話を取らなければ、あるいは未来は変わっていたかもしれない。後悔だったであろうか? いっそ、その淡い優しさの匂いすらするその感情を味わう方が、塔子の辿った現実の道よりも、いくらかマシだったのかもしれない。
しかし、それは逃れようのない定めだった。悪魔は息をひそめて背後から近付き、黒く不気味な長い手を伸ばして確信的に塔子の髪を掴んだのだ。ギラギラと赤い目を光らせ、それは無数に存在する獲物の中から、確固として塔子を選んだのだ。口元に笑みさえ浮かべながら。)

↗これは真夜中に走る自転車 1の始まりの文章です。そして、今回の4のラストでも、全く同じこの文章で締めくくりました。
ここから、主人公の長い介護生活が始まる、という意味合いを込めています。

全四話で、この回で完結しています。

では、また次回に。



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